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Next Lounge~私の鼓動は、貴方だけの為に打っている~第2話 「哀願」

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

主題歌:イメージソング『Perfect』by P!NK

https://www.youtube.com/watch?v=vj2Xwnnk6-A

『主な登場人物』

原澤 徹:グリフグループ会長。

北条 舞:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 チーフ テクニカルディレクター。

リサ・ヘイワーズ:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 事務。

ジェイク・スミス:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 事務。

ケイト・ヒューイック:グリフ製薬会社社長。ロンドン大学ユニバーシティーカレッジ客員教授。

ハオ・シュエン:グリフ製薬会社社長 アジア支社長。

エリック・ランドルス:ロンドン・ユナイテッド FC  秘書部 秘書室長。

トミー・リスリー:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 総務部長。

ゲイリー・チャップマン:ロンドン・ユナイテッド FC 広報部 広報部長。

イ・ユリ:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 課長。

トニー・ロイド:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 契約課 課長。

デラス・モイード:ロンドン・ユナイテッド FC 監督。

☆ジャケット:北条 舞

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

第2話「哀願」

「遅くなりました。」
「失礼致します。」
 舞がユリ課長の後に従い丁寧に御辞儀をし頭を上げ周囲を見渡してみると、役員達の目が全て自分に向いていることを感じた。
「あなたは、私の後ろに座って頂戴。」
「はい。」
 舞は、ユリ課長が腰掛けた席を視界に捉えながら壁際にあるパイプ椅子を見つけて取りに行こうとしたところ、1人の役員が先にそのパイプ椅子に近付いていた。
「やあ、姫。」
「エリック秘書室長。すみません、私が・・」
「いいって!大丈夫だよ。それより、宜しく頼むね。ユリ課長、四面楚歌だから・・」
 エリック秘書室長が舞をアシストしに来てくれた。彼は、まさに彼女の提出した"神報告書"の、そして"舞信者"の1人である。何せ、彼女の美しい外見から「姫!」と勝手に呼ぶ馴れ馴れしさまで披露しているのだ。当然、彼女はその呼称を拒否したのだが、その時の彼の落胆した姿に同情した彼女は、絆されてついOKしてしまった。今となっては立派な彼女の黒歴史なのだが、こういった懐の深さが廻りから快く思われているのかもしれない。エリック秘書室長に再度会釈してからパイプ椅子に腰掛けた彼女は、役員達に視線を走らせるとケイト社長と視線があった。彼女は左肘をつき顎を左手に乗せた姿勢で舞を観ていたのだが、視線が合うと右手を軽く振ってきた。舞が軽く会釈をしたところでエリック秘書室長が立ち上がり会議が再開した。
「では、皆様、会議を再開致します。モイード監督には退席してもらいましたので、退席していたユリ課長より話しを・・」
"ガチャ!"
 視線が皆、入り口の扉へと向かった。当然、舞の視線もそちらへと向けられたのだが、入ってきた紳士を観て彼女は自分の心臓が"ドクン!!"と跳ねるのを感じた。原澤会長である。入って来た彼はそのまま真っ直ぐ空いている自席に向かい席前に来ると腰掛けずに一礼した。
(遅れて来たことを会長が謝罪するなんて・・)
 また1つ、彼女の中で何か大切な物へと変わるのを感じた。
「会長、お疲れ様です。早かったですね?」
「すまない、エリック。皆、遅れて申し訳なかった。急な来客があってね。さ、会議を進めてくれ。」
 原澤会長は、エリック秘書室長の語り掛けに応えると周りを見回し会議進行を促した。ただ、その視線が舞を捉えた時、彼の表情が一瞬変わったことを緊張の極地に居る彼女は見定めることが出来なかった。
「承知致しました。ではユリ課長、宜しくお願いします。」
「はい!会長、お疲れ様です。モイード監督によるチーム退団の件について、非常に残念ですが我々は先に進まなくては行けません。とはいえ、現在6位と好位置に居る手前、これを下げずにチーム運営を検討したいと思います。」
(ちょっと!余計なこと言わないでよ!!)
 舞は、ユリ課長が会長登場に張り切っていることを感じた。
(まずいかも・・)
「現在、我がチームは資金調整をしており、その最中良質な結果を・・」
「ユリ課長!モイード監督の契約解除をした理由が『フロントとの信頼関係』と指摘して来たわね?これをどう説明するの?」
「えっ?あ、はい・・今年度新たな選手獲得を行うことは困難であることを互いに確認しています。」
「それは、先程モイード監督からも伺ったでしょ!私が言いたいのは、彼が意見が通ると思った理由よ!過剰な獲得要求をして来た経緯ね。どうなの?」
「それは・・本人に聞いてみないと・・」
 立て続けに行われるケイト社長の追求にユリ課長の言葉尻が下がる。ケイト社長が嘆息するのが分かる。
「ちゃんと、フロントが監督と一体化しないとチーム運営は成り立たないでしょ!ハッキリ言うわ、エージェント課も監督も甘えがあったんじゃないの?」
 ユリ課長は、項垂れて唇を噛み締めているのが観てとれる。舞は、ユリ課長を後ろから軽く突付いた。
「代わります。」
 ユリ課長は、項垂れながら軽く首を捻り舞を確認した。『何とかして!』そんな表情が垣間見える。
「この件について、担当の北条チーフより発言を行うことを許可願います。」
(担当?課長でしょ(笑))
 舞は、軽く失笑していた。
「では、北条チーフお願いします。」
 エリック秘書室長が、和かに舞を呼び掛けた。不機嫌なケイト社長も両手を顎の下で合わせ、頬杖をついて注目し始めている。そして、当のユリ課長は舞に任せて着席した。舞が原澤会長に視線を送ると、彼は腕を組み軽く目を閉じていた。それを確認した彼女は、一呼吸して話し始めた。
「エージェント課チーフ、北条です。発言の機会を与えて頂き感謝致します。先ず最初にエージェント課として推薦し獲得させて頂きましたモイード監督がこの様な結果となったことを謝罪させて頂きます。申し訳ございませんでした。」
 舞は、自席の前に立ち発言すると深々と頭を下げた。ユリ課長が連れて来て交渉を済ませたモイード監督のことで部下の舞が謝罪する光景が展開された。トミー部長などは、ユリ課長を睨んでいるのが観てとれる。
「舞さん、謝罪はもういいわ。お疲れ様、話を進めて頂戴。」
 ケイト社長の発言は、ハッキリと舞に免罪符を与え、他役員と同等に受け入れる体制を与えさせた。また、これ以上エージェント課を非難・追求することを認めない、そうアピールするものだ。
「(さすがだなぁ〜、カッコいい・・)承知致しました、感謝致します。では、本題ですがモイード監督からの要望に関しまして、収支計画書に基づく”移籍獲得計画書”を提出致します。」
 舞が今年度の選手交渉で行う指標となる”移籍獲得計画書”を提出した。エリック秘書室長は、背後に控える部下に命じると、その部下は舞の元に近づき書類を受け取り秘書室の複合機を使用しに会議室を出て行った。
「コピーの間に1つ確認させて下さい。2018-19シーズンの折り返しを迎えた現状を考慮すると即戦力となる監督を最優先と考える方針で皆様宜しいでしょうか?」
 この問い掛けに周囲が騒つく。
「それで良いのでは?なぁ?」
 広報部部長のゲイリー・チャップマンが、周囲に同調を求めた。ミディアムショートをセンターパートで分けた金髪で口髭を蓄え貫禄を見せたいのだろうが、優男に見える彼にはかえって残念でしかないように感じる。お調子者で周囲からは嫌悪感を持たれており、かなり弄られているが舞は彼を測りかねている。親友ライアン直属の上司であるが、舞は彼が課長職に就任するのが近いのではとさえ思っているのだが・・。
「それは、金額のことを言ってるの?舞さん?」
 ケイト社長が明らかに探りを入れて来たのが分かる。何処まで出せるのか?ただ、その言葉尻には彼女の失望感も含まれているように彼女は感じた。
「選手達は、昇格を目指して日々努力をしています。監督が道を逸れたことで選手達の気力が萎えることを私は懸念致します。」
 この舞の問い掛けに、役員達皆がその帰結を想像しているが誰一人として予想出来ていない、ある男を除いては・・。彼女は更に続ける。
「如何に能力があり、カリスマ性がある著名な監督が就任したとしても勝ちをノルマにするようでは、選手達、ファンを惹きつけないと思うのです。何より、チームをフロント、監督そして選手達だけが”黄金の騎士団(ロンドン・ユナイテッドFCの総称)”を作り上げるわけではないですから。サポーターと一体となってこそのチーム運営ではないでしょうか?」
「それが、選手達の気力が萎えることにどう直結するんだ?」
「勝てなければサポーターは、離れるぞ!」
 役員達から非難じみた野次が出始めたがしかし、彼女は続けた。
「選手、チームが負けていても応援し続けるのが真のサポーターであるならば、監督に対してもそうであって欲しい!そう思うのです。」
「それは、理想だ!」
「現実的ではない!」
「ははは、負け続けるようなチームの指揮官に金を払い続けるなら馬鹿げてる。」
 舞は、役員達からの野次の応酬に心が萎えかけてきた。どうしたら・・と、その時だった。
「うるさいわね、静かになさい!」
 役員達から生じた野次を止めたのは、ケイト社長だった。彼女は、肘をつき手の平を返したポーズで続けた。
「発言を言うからには、しっかり根拠を述べなさい!それが出来なけば口を閉ざして頂戴!うんざりするわ。」
 会議室内が見事に静かになった。ケイト社長は、横にいる原澤会長に目配せをするが、彼は未だ目を閉じたままだ。
「舞さん、ごめんなさい。続けて頂戴。」
「はい。」
 何という貫禄、威圧感。ユリ課長が言う『女帝』も強ちハズレではないように思える。やがて、コピーを終えた秘書が”移籍獲得計画書”の写しを持ってくると役員達に配り始めた。書類には『Confidential(機密)』の文字が見える。
「この計画書は、各役員の方々による決済を受けています。では、収支を拝見して頂けると分かると思いますが、進行している選手間交渉は予算オーバーとなっていません。ですが、監督からの要望選手は後方に添付している議事録に記載していますが市場調査の結果、獲得を断念しています。」
「というこは?」
 エリック秘書室長が、首を傾げて聞いてきた。
「獲得希望選手の予算に開きがあるな。それと移籍に応じてくれない、ということで合っているかな?」
 ロイド課長が上目遣いに舞を見て言った。
「はい。残念ながらモイード監督の希望選手は、契約継続選手が多く、契約解除に大きな問題を来しています。色々と協議、交渉を重ねましたが、3部リーグ所属でそれ以上の経験が無い我がチームは、彼等の考えを変える術を持ち合わせませんでした。」
「それはそうだろう!チーム名で交渉に打ち勝つなど、愚かなことだ(笑)」
 ゲーリー課長のニヤついた笑いを観たケイト社長から鋭い侮蔑の視線が送られると、彼は髪をかきあげる仕草をして一瞬で目を逸らした。
「色々と協議を重ねた上で、妥協案を模索する過程でいました。想定の範囲内である交渉と理解していましたが、互いの気持ちを合致させることが出来なかったことを残念に思います。」
 各役員達も今期は、製薬部門の買収計画を最優先事項と理解しているだけに舞の発言を理解せざるを得ないことが確認出来たと言える。そういう意味では彼女の発言は決して無駄なことではなかった。だが、舞はここで終えてしまうのは停滞の一歩であることをよく理解している。後回しにしてはいけない!先に進むのだと。
「モイード監督の件に関しまして、確認事項等を引き続き調査していくことで宜しいでしょうか?」
 役員達の誰もが顔を見合わせる中、舞も周りを見回した中で原澤会長に視線を移したのだが、そこで視線が交差した直後、背中に電流が流れる衝撃を感じた。すると、動揺している舞をよそ目に彼はゆっくりと口を開いた。
「非常に残念なことが三つある。」
 原澤会長の重い口調は、役員達を畏怖するのに十分なものがあった。ケイト社長などは、隣に居ながら彼に身体を向けて聴く姿勢をとった。舞も始めて聞く原澤会長の発言で全神経が研ぎ澄まされていくのを感じた。
「1つ目は、モイード監督という男を見誤ったことだ。統べる者というのは、引き立て役であり非難の隠れ蓑であるべきだが、彼は残念ながら主役でありたかったようだな。2つ目は、役員達の北条チーフに対する発言中の野次だ。私は兼ねてから皆に言っている筈だな”人の話を聞く時は静か”にと。非常に嘆かわしいことだ。猛省しろ!」
 舞は、原澤会長に見惚れていた。まさか一社員の自分の様な者の発言を野次されることは覚悟の上だったのに、逆に身内である役員達を叱るとは。
「最後の1つは製薬部門拡大の時期を監督黎明期という大事な時期に重ねてしまったことだ。本当に厳しい状況であったことをこの計画書から見てとれる。よくぞ頑張ってくれたね、無理をさせて申し訳なかった。」
 舞の視界は涙でぼやけていた。与えられた条件下で事を成し遂げるのは当然のことであるが、無理からぬことを奇跡を成すように行う辛さ、苦痛、無意味な業務は針の筵であった。リサ、ジェイクにしたってそうだ、彼等も不平を溜め込みよくやってくれていた。会長はそれを詫びているのだ。彼女は、そんな気持ちに応えられなかった自分の不甲斐なさを痛感していた。舞は唇を噛み締め原澤会長を見ると意を決し発言した。
「原澤会長、御提案があるのですが宜しいでしょうか?」
「提案?」
 原澤会長は、両肘をつき前屈みになり聞く姿勢になった、と同時にユリ課長が眉根を寄せ振り返り舞を見て来た”余計なことを言うな!”と警戒しているのが見て分かる。しかし、ここは愛する”黄金の騎士団”のため、彼女は覚悟した。
「はい。今がチームとしてリセット及び再始動の好機と捉えます。次期監督について就任前から、そして以降もドキュメンタリーを広報に追い掛けてもらい、第二のマンチェスター・ユナイテッドのファギー(ファーガソン前監督)を作りあげてはどうかと思うのですが如何でしょう?」
 本懐を聞いた役員達は、また一気に騒めいた。ケイト社長はといえば滅多に見たことがない"爪を噛む癖"までも披露している。彼女は、全身が泡立つのを感じていた。最早、列記とした”黄金の騎士団”愛が人一倍な彼女にとって『サポーターと共に監督を育てませんか?』という舞の提案は、夢にまでみたものであった。一方のトミー部長は、周囲の役員達の所作に目を配り続けている。
「舞さん『第二のファギー』について、どんな監督を検討しているのかな?」
 エリック秘書室長も、子供が絵本を読んで欲しいとお願いするように問い質してきた。
「私の案ですか?」
 舞が右手を顎の辺りに当て、躊躇した時だった。彼女は、その声のする方を瞬時に振り向き聞こえた発言に 思わず固まってしまった。
「エリック君、北条さんも上司ユリ課長未承認案を語るのは窮するものだ。ユリ課長、このまま彼女に続けてもらっても良いかね?」
 原澤会長が口を開いたのだが、その発言はケイト社長やエリック秘書室長の根回しを振り出しに戻す圧倒的効力を示すものである。舞の頭は、咄嗟の事で停止してしまった。自分の発言が何故、会長を不快(?)にさせてしまったのか。このまま「どうぞ。」と言う課長とは、思えない・・何故?
「エージェント課としては、良質な監督を採用することこそが急務と考えています。そうなれば、有能な監督を即時雇用することが唯一の手段ですから、監督育成などと悠長なことを言ってはいられません。」
 舞は、嘆息した。今までの自分の発言と真逆、彼女の発言はそのようなものだった。予想はしていたのだが、改めて聞くのはショックであった。
「ん?エージェント課の意見?となると、北条さんの意見と異なるな?どういうことかね?」
「彼女の意見は、個人的な理想論で現実的ではありません。私としては・・」
「ユリ課長、君は先程『エージェント課として』と言ったね。しかし、今度は『私としては』と言っている、個人的な発言を推していたのは君自身ではないのかね?」
「いえ、意見の集約結果の意味です。失礼しました・・」
「そうか・・しかし、残念だな。」
「は?」
 ユリ課長の発言における綻びを指摘した原澤会長であったが、ユリ課長の態度に虚空を見つめ嘆息した。
「何がでしょうか?」
「北条チーフの言う理想論、駄目かね?ユリ課長、私も彼女と同意見だったんだよ。」
「えっ?」
 原澤会長の問い掛けにユリ課長が絶句した。ユリ課長だけではない、役員達も息を飲んだのが分かるが、逆に舞には心の中でファンファーレが響くような錯覚を感じた。会長も同じ思いであった・・こんなに最も強い応援団は他に居るであろうか?しかも、隣のケイト社長も両手を口に当て女学生のような、はしゃぎようであった。
「北条さん『第二のファギー』案における利点を提言して欲しい。ユリ課長、宜しいかな?」
「しかし会長、その案は非常に危険です。育てあげるまで待たなければいけません。育成に、広告にと掛けた物が成果を為すとは限りません。」
「そうかね?」
「そうですとも!」
 原澤会長は、肘をつき両手で顔を隠すようにして語った。
「ユリ課長。ユース上がりの選手がよりチームに強い絆を感じるのは、チーム自体が初めから手塩に掛けて育てあげたことに他ならないのではないかな。また、それに応える選手も素晴らしいと思うよ。その確たる者がFCバルセロナのリオネル・メッシだ。青年期に判明した病をフロントがフォローして治してあげたな。しかし、これは単なる彼のチームに対する投資だとは、私には思えない。彼個人の才能に掛けたFCバルセロナのチーム上層部に私は敬意を評しているんだ。」
 原澤会長は、ユリ課長を宥めるようにリオネル・メッシについて語り掛けると次に役員達を見て語った。
「我々フロントと監督、コーチの首脳陣が一体となり選手達が働き甲斐のあるチームにするにはどうしたら良いのか?それには、チームに対する敬意を持てることが大切ではないだろうか?エージェント課の面々が交渉に苦戦しているのは金額だけではないだろう。移籍を希望するのに値しないと思えてしまうチームだからではないかな?尊敬できる監督、ロンドン・ユナイテッドFCと言ったら!と言える監督を作り上げることに私は賛成なんだが。如何であろうか、諸君!」
 原澤会長の熱弁に役員達は、俯いてしまっている。舞は、原澤会長の意見に答えられるのが誰なのか?そこに興味を持って役員達を観てみた。ケイト社長の目はキラキラしていて、エリック秘書室長は、目を閉じて何度も頷いている。トミー部長は舞と目が合ったら何と!ウインクして返して来た。ロイド課長は腕を組んで渋い表情を浮かべ、ゲーリー課長はテーブルに視線を落とし顔もあげようとしないが、口角が上がっているように見えた。その他の役員達にしても前向きに見えるのは、と思った時にグリフ製薬会社のハオ・シュエン アジア支社長が挙手をしてきた。中国系イギリス人の彼は、バーキング・アンド・ダゲナム区出身である。彼もまた非常に優秀であるが故にかなりの理論派で意見の衝突も多いのだが、ケイト社長の元でかなり鍛えられたために自らを律することが出来るようになったようだ。
「会長、お話は理解出来ます。では、その『ロンドン・ユナイテッドFCに来たい!』そう思ってもらうために如何にすれば良いか?ということで議題を進めて宜しいですか?」
「皆は、如何かな?ユリ課長?」
「会長の宜しいように・・」
 舞は背後に居るため見えないが、心底この瞬間のユリ課長の表情を観てみたいと思った。意地悪であろうか?
「北条チーフ、忌憚なく発言してくれたまえ。」
「はい。」
 腰掛けていた舞が、原澤会長の呼び掛けに応じて再度、立ち上がった。
「新監督を探すに当たり提案致します。契約金額を抑えることを考慮し、事情があり監督・コーチ等を諦めた、そんな方は如何でしょうか?」
 ユリ課長が、眉根を寄せ振り返ってあからさまに侮蔑的な視線を送って来たが最早、彼女には関係なく思えた。原澤会長なら解ってくれる、ケイト社長なら、と。
「Marvelous!」
 遂に、ケイト社長が身を乗り出し我慢出来ずに大声で舞を称えた。
「最高だわ、舞!監督に復帰、或いはなりたくても動けない御仁が居るかもしれないものね。そういった方を情を持って迎え入れる、そういう事なのね、舞?」
「はい。まさにその通りです。チームに恩を持って来てくれる方なら必死になってくれる方だと思いますので。」
「そんなヤツ使えるか分からないでしょ!」
「やってもいないのに、貴女に何が分かるのユリ課長!チームにドリームストーリーがあるのは選手だけではないはずよ。」
 舞は目を閉じて聴いてみた。余計なことは言うべきではない、分かってくれる方が最高な方々達に居るのだから。
「ユリ課長、この場で謝罪致します。先程、リサ、ジェイクの2名に該当者調査に入ってもらいました。本件を最重要案件として。」
「なっ!?」
 ユリ課長の表情は白さが更に際立ち、怒りの為に血管がこめかみに浮き出ている程だ。彼女の苛立ちの原因は、自分でも気付いているのだ。ただ、それを認めたくないということだ。出来過ぎる部下、信頼までも全て持って行ってしまう部下、更に癪に触るのは上司に対する対応も控えめなことだ。しかし、彼女の中で舞に対する嫌悪感は嫌が上にも増していく。
「北条チーフ、ありがとう。実に有意義な会議になった。」
 原澤会長は、頃合いを観て会議の終わりと判断したのだろう舞に謝辞を送った。
「いえ、斯様な時間を頂戴致しましたこと心より感謝致します。」
 彼女は、深々とお辞儀すると会議室内に拍手が起こった。舞はビックリして顔を上げると原澤会長が大きな拍手を鳴らしていた。そして、それに呼応してケイト社長、エリック秘書室長も、トミー部長と皆役員達が拍手で讃えた。彼女はあまりの事に驚き、耳朶まで朱に染めて再度深くお辞儀をして畏まった。
「さて、グリフ製薬部門の皆は、エージェント課による資料提供に快く応じて欲しい。当然取り扱いには十分注意してくれ。」
「承知致しました。」
 原澤会長は、隣に居るケイト社長を観てからグリフ製薬会社の面々を観て指示をした。
「我々はユリ課長の言う通り"一番困難な道"を選択したのかもしれない。しかしだ、我がチームがユース出身を、監督を大切にし移籍して来た外様と言われる彼等を融合させる、そんな化学反応が起きるチームを作って貰えたら嬉しい、そして期待しているんだよ。決して諦めるな。」
 と原澤会長は、立ち上がり入り口の扉へと向かった。役員達が全員起立してお辞儀して見送った。成る程、確かに闘病中の家族が居て表舞台に出れない監督候補なら、当社の薬を処方されている場合もあるかもしれない。いや、其れこそ救うべきなのだ!現在進行形なら更に・・彼女の脳内がフル回転していく。それと同時に"ハッ!"と気付いた彼女は、ユリ課長の元へ行った。
「課長、先程は非礼の数々、大変申し訳ございませんでした。」
 舞の深々とお辞儀をする姿を無視して通り過ぎ、ユリ課長は会議室を出て行ったてしまった。
「舞!素晴らしい案だったわ。いつから考えていたの?」
 見送られている舞の元に、ケイト社長とエリック秘書室長が訪れる。
「ありがとうございます。実は、かなり以前より温めていた事案でした。」
「え?じゃあ、その・・受け入れられてなかった、と?」
 エリック秘書室長が舞の顔を覗き込むように観て質問すると、彼女は一瞬躊躇した後に微かに頷いた。
「そういうこと?ねぇ、エリック。何とかならないの?」
「原澤会長に負担を掛けたくありませんが、実のところ、直に素案提出の手段を講ずるようにと言われていたんです。早めなきゃいけないですね。」
「まあ!会長が?やはり、そうよね。うん、流石は会長!エリック、頼むわ。あ、舞?」
「はい。」
「しっかりね!何かあったら直接連絡頂戴。私がなんとかしてあげるから。」
 とケイト社長は、何と舞の手にスマホのアドレスを書いた紙を渡して来た。舞は、ビックリしてケイト社長を観たが彼女は、そっと舞の横に来て彼女の頭を胸に抱き寄せて言った。
「少なくとも、私は貴女の味方よ。諦めないで頂戴!いつでも気軽に連絡なさい。」
 そう言うと、背中越しに左手を上げ"バイバイ"と振ってその場を後にした。
「キミは、凄い方を味方にしたね。ケイト社長は、有能なだけでなく真面目に働く人が好きだから。ま、姫を気に入るのは当然か。」
「エリック秘書室長、ありがとうございました。」
「僕は何もしていないよ。」
「いいえ、席を用意して下さりお声掛けして下さり気持ちを落ち着かせることが出来ました、本当にありがとうございました。」
「そ、そうかい?」
 エリック秘書室長は、舞から感謝され髪を触る仕草をして照れていることを誤魔化そうと努めた。しかし、隠すことが出来ていない。彼女も好感を持って彼を観て微笑んだ。
「北条さん、ちょっといいかね?」
 と、エリック秘書室長と談笑している舞にロイド課長が声を掛けてきた。
「お疲れ様です。」
「エリック秘書室長、ちょっと彼女と話しが有りましてね。宜しいですかな?」
「あ、そう・・分かりました。姫、また。」
「はい、ありがとうございました。」
 エリック秘書室長は名残惜し気にその場を後にした。
「こちらも悪かったのに、すまなかったね。お陰様で触れられずに済んだよ。」
「いいえ。」
 やはり、奈々の言う通りロイド課長は言及されることを逃れようとしてたのかもしれない。
「課長。」
「何だね。」
「会議前、奈々にモイード監督の近況調査をお願いしました。宜しかったですよね?」
「なるほど・・そうだな、分かった。契約課預かりとさせてくれ。」
「宜しくお願いします。」
 舞は、ロイド課長に会釈をしてその場を離れトミー部長を探した。
「北条チーフ。」
 と、背後からトミー部長の声を聴き振り返った。
「トミー部長、色々とご迷惑をお掛けします。」
「いいさ。だが、1つ確認したい。ユリ課長とは、その・・大丈夫かね?」
「それは・・多分、としか言えません。」
 舞の表情は、自然と曇り語尾が下がってしまう。
「彼女はプライドが高いし、考えが現実主義だからな。正直、この先の行動・・キミはどう思うかね?」
 舞は、即答しかねて黙ってしまった。予測?だとしたら、彼女はこの場に留まるとは思えない。プライドがエッフェル塔の様に高い彼女。育成よりトレード派であり、正直チームに対する愛着は皆無に思えるシーンが多々ある。なるべく考えないようにしていたのだが、きっと想定通りに進んでしまうのだろう。後は、何事も無いことを祈るだけなのだから。

第3話へ続く。

"この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。"

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