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ときには本当に「必読」なものがある 【イノベーション・リポート】

(世界中のメディア関係者が読んだ「イノベーション・リポート」をもとに、デジタル時代のメディアのあり方や、イノベーションの手法について解説します)

みなさんにこっそり聞いてみたいんですが、ニューヨーク・タイムズ(NYT)の「イノベーション・リポート」、読みました?

世の中には、読むべき本や見るべき動画がたくさんあって、1日24時間しかなくて、人によって優先するテーマは違う。「必読」なんて簡単には言えないと思ってます。

それでも、時々ありますよね。「必読」としか言えないものが。「イノベーション・リポート」は、少なくともメディア関係者には必読です。

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NYTをV字回復に導いたリポート

「イノベーション・リポート」は2014年にNYTがまとめた社内文書。96ページ全文を入手したBuzzFeedがすっぱ抜いて公開し、以来、世界中のメディア関係者にイノベーションのバイブルのように読まれている文書です。

NYTは当時、BuzzFeedやハフィントンポスト(現ハフポスト)など新興のインターネットメディアに読者を奪われ、業績が悪化していました。

ところが、このリポートに書かれた改革を実施してV字回復。2019年の1年間だけでデジタル版に100万人が課金して購読者合計が500万人を超えデジタル版からの収入は2015年の倍、8億ドルに達しました。

僕は2014年当時、朝日新聞デジタル編集部に勤務していてこの文書を読み、衝撃を受けました。そうか、アメリカを代表する世界最高峰の新聞はこういう方向性でデジタル時代を生き抜こうとしているのか、と。

その後、2015年11月からBuzzFeed日本版の創刊編集長を務めた3年7ヶ月の間にも、戦略立案の参考にしてきました。

自分たちの価値を見つめ直す

たんに「デジタル化しましょう。その手法はこうです」というような内容ではありません。リポートの1行目は、こう始まります。

ニューヨーク・タイムズはジャーナリズムでは勝利している。メディア企業が直面するデジタル時代の課題の中で、偉大なジャーナリズムを提供しつづけるのは最も困難なことだ。

他にはない自分たちの武器、価値をまずは定義する。伝統ある企業にとって、イノベーションは無から生み出すよりも、その根本価値を見出すところから生みだす方がときに理にかなっています。

「私達の価値の中心はジャーナリズム」と宣言し、「世界最高のジャーナリズムを読者に届けるために何が必要か」を考える

このリポートが特にニュースメディアで働く人間を惹きつけるのは、この部分です。

勝っている部分と負けている部分を明確にする

ジャーナリズムで勝っていると書いた次の段落では、こう続けます。

同時に、我々は次の重大な部分で負けている。我々のジャーナリズムを読者に届けるという部分においてだ。

「ジャーナリズムでは勝っているのに、読者に届ける部分で負けている」。要点をズバッと書いています。

自分たちの価値を見つめ直し、勝っている部分と負けている部分を洗い出し、顧客と向き合うという意味で、メディア業界のみならず、イノベーションに取り組む多くの人の参考になるでしょう。

読まれていないので解説します

僕は昨年6月に独立し、フリーランスのジャーナリスト活動とともに、コンサルタントを始め、新聞、テレビ、出版、ネットなど様々なメディア関係者と話をしました。

必ず聞くのが冒頭の質問です。「イノベーション・リポートを読みましたか?」

ほとんどの人が読んでおらず、その存在すら知らない人が大半でした。

平易な英語で書かれているので、読むのにそれほど苦労しません。2014年にメディアコンサルタントの市川裕康さんがまとめた日本語要約もあります。

さすがに6年たってデータが古いところや、事例が欧米ばかりで、日本と事情が違うところもあります。なので、僕が新しいデータや日本特有の事情なども加味しながら、このnoteで連載的に解説していこうと思います。

たった2つの章で成り立つ

このリポートはたった2つの章で成り立っています。「読者開発」と「編集局の強化」です。

「読者開発」とは、コンテンツを読者に届けること、そして、リピーターから登録、課金、ロイヤルユーザーへと関係性を深めていくことです。

「編集局の強化」とは、それまでは記事を書くだけで終わりだった編集局を、根本から変えることです。ビジネス部門とも連携して読者データを分析し、読者の求めるコンテンツを、読者の求める形で届ける。そのためにデジタル技術と人材を積極的に採用する。

このたった2つのポイントについて、NYTは新興のインターネットメディアに取材し、分析して、その手法を採用するように社内に呼びかけています。

組織を根本から変えるということ

初回となる今回の原稿では、その2つの章に入る前に、このリポートの成り立ちについて、導入部分に書かれている根本を説明しておきます。イノベーションを考えるうえで、ここが最も重要だとも言えます。

このリポートはNYT社主アーサー・サルツバーガー氏の息子で、当時はNYT記者だったアーサー・グレッグ・サルツバーガー氏(現在は発行人)を中心に10人のチームで6ヶ月かけてまとめられました。業績が悪化する中で、新しい企画やサービスを生み出すのがチームに与えられたミッションでした。

ところが、このチームは、社内外の数百人に聞き取り調査をし、分析する中で、新しいサービスを生み出すのではなく、NYTを根本から変える必要性に気づきます。

それは、100年を超える伝統のある新聞社の様々な部門の専門性や伝統を脅かすことに繋がります。

僕が国内の企業を見ていて感じるのは、現状の組織の論理を崩せず、そこを温存しつつ、新しいことに取り組むことを「デジタル改革」と呼ぶケースが多いことです。

デジタル化というのは、たんに、自分たちのアナログな組織にデジタルツールを導入することじゃない。自分たちの価値をデジタル技術を使って顧客に届けるにはどうしたらよいか。組織と戦略をまるごと作り変えることです。

NYTは自らの伝統を壊した。それがデジタル時代に生き残る唯一の道だったから。そして、V字回復を果たしました。

ここが最も重要なポイントです。デジタル改革とは、組織を根本から変えること

今回のまとめ

・NYT躍進の鍵は「イノベーション・リポート」にある
・自分たちの価値を見つめ直す
・勝っている部分と負けている部分を明確にする
・「読者開発」と「編集局の強化」
・デジタル改革とは、組織を根本から作り変えること

僕は2020年の1年間、ニューヨーク市立大(CUNY)ジャーナリズムスクールの客員研究員として、年4回現地に行き、アメリカ全土や世界から集まるメディア幹部らとデジタル時代のメディアのあり方について議論してきます。

事前に渡された大量の資料の中に、やはり、イノベーション・リポートもありました。改めて議論しよう、と。そこで得た新たな知見も、この連載に盛り込みたいと思います。

このnoteでは、こういった連載以外にも、メディア関係の話題など書いていきたいと思います。

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*訂正: 当初8人のチームとしていましたが10人でした(20200119)

(この連載記事はこちらでまとめています)


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ジャーナリスト / メディアコラボ代表 朝日新聞記者からBuzzFeed Japan創刊編集長を経て独立。「Journalism for better X」を目指し、報道やメディアや社会課題を解決する活動をサポートしてます。

コメント7件

たいへん楽しみな連載です。
「デジタル改革」という言葉は、最近言われるデジタルトランスフォーメーション(DX)に当たると思いますが、「改革」だと単なるデジタル化と区別がつきにくいのではないでしょうか。デジタルトランスフォーメーションと言うかデジタル革新ないし超デジタル化などの言い方の方がよいように思います。
アナログレコード→CD(デジタル化)→Spotifyのようなサブスクビジネス(デジタル革新)
最近気付いたのですが、茶道や武道で言う「守破離」がちょうど対応するように思います(^^)。(校條諭)
大変興味深く拝見させて頂きました。私はメディア人ではありませんが今どこの職場でもイノベーションを求められています。うちの会社に当てはめて読んでみた所、何か出来そうな予感がしました。これからの投稿楽しみにしています!
校條さん、ありがとうございます。まさにデジタル・トランスフォーメーションの話で、それはデジタルへの全体的な「変化」を意味します。外観だけではなく、内部も変えてしまうこと。

英語を日本語に変えるのが難しいケースがどんどん増えてるので、カタカナでそのまま使いたいけれど、そうすると敷居が高くなるので、そのバランスでいつも悩んでます。
ミカリンさん、意図を読み取っていただき、ありがとうございます。そのとおりで、これ、メディアじゃなくて、いろんな企業・組織にあてはめられる普遍性のある文書だと思っています。
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