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デジタル・ファーストをラストに 改革を掛け声で終わらせない秘訣 【イノベーション・リポート】

ニューヨーク・タイムズ(NYT)の奇跡的な改革のきっかけとなった社内文書「イノベーション・リポート」について、日本の現状とともに解説する連載の第6回です。

リポートで最後に取り上げられるのは「デジタル・ファースト」。10年以上、あらゆる業界で語られてきた言葉が、2014年のリポートの最後に置かれている意味がわかるでしょうか?

第3回で触れた「言ってることは正しくても実践できるか問題」を解く秘訣がここに隠されています。

これまでの連載を読んでいない方は、こちらもどうぞ。

デジタル・ファーストとは組織をまるごと変革すること

リポートの中に「『デジタル・ファースト』とは何を意味するのか?」というミニコラムが掲載されています。

編集局周りでは「デジタル・ファースト」というフレーズはしばしば、記事を紙に掲載するより前に、デジタル版に出すことだとして使われている。しかし、一般的には、デジタル・ファーストとは全方位的な戦略のことだ。
デジタル・ファーストが意味するのは、新聞紙の制約から離れた最高のデジタルコンテンツの生産を最優先とすることだ。最高のデジタルコンテンツを再パッケージ化して紙に印刷するのは最後の工程となる。
この変革のためには、人員配置、組織構造、ワークフローを上から下まですべて再考する必要がある。
伝統的なプラットフォームを持っていない企業は、最高のデジタルコンテンツを作ることに集中できるというアドバンテージがある。新聞社にとっては、この変革を実践するのは非常に難しくなる可能性があるので、我々の競合のいくつかは、日常の紙媒体発行の作業を小規模の独立チームに移管して、残りをすべてデジタルに注力している。

長くなりましたが引用しました。なぜ、人材も資金も取材ネットワークもブランド力も歴史的なあらゆる資産が圧倒的に大きい伝統メディアが新興メディアに苦戦するのか。その理由が端的に描かれているからです。

デジタル時代にデジタル版に注力することは当然。でも、新聞社など伝統メディアは構造上、その単純なことが難しい。NYTはその課題に正面から向き合ったうえで、改革に臨みました。

端的にこう表現しています。

これからの数年で、NYTは素晴らしいデジタルコンテンツも出す新聞社から、素晴らしい新聞紙も発行するデジタルメディアへの変革を加速する必要がある。

デジタル・ファーストを実例で示す

では、具体的にデジタル・ファーストなコンテンツ戦略とはどのようなものか。リポートでは実際の記事を例に説明しています。

2014年2月、大学フットボールで当時スタープレーヤーだったマイケル・サムがNYTとスポーツ専門チャンネル「ESPN」で「自分はゲイだ」とカミングアウトしました。

この記事は彼の肉声を動画でも流しており、彼の人間性を感じさせる非常に優れたデジタルコンテンツです。

しかし、NYTは最初に報じた自社よりも他社の記事の方が拡散したことに着目し、デジタル・ファーストだったら何ができたかを分析しています。

(ちなみにこの記事は10万以上のシェアやライクを得ており、日本的な感覚だと凄まじくバズったコンテンツです。それでも、より多くの人に届けられたはずだと指摘しているのも、このリポートの凄みです)

デジタル・ファーストだったら何ができたのか。

・論説担当と事前相談し、論説記事も同時にデジタルで出せた。
・2011年のカミングアウト特集のリンクをこの記事と連動できた。
・ゲイを公表しているアスリートとのコラボを実現できた。
・Twitterでの反応をまとめる担当記者をおいて、記事にできた。
・独占告白に至った経緯を含めてまとめた記事を公開できた。
・ゲイコミュニティにソーシャルを通じてより多く届けられた。
・NYTの記者たちにも拡散を依頼できた。
・ソーシャルに短くまとめた動画を先出しできた。
・反応をまとめるプラットフォームやツールを作成できた。

素晴らしいコンテンツだからこそ、デジタルという素晴らしい手法を使って、より多くの人に、より良い形で届けて、よりポジティブな反応を引き出す。これがデジタル・ファーストです。

これらの施策のほとんどは、2020年においては世界のメディアの多くが日常的に実施しています。しかし、日本の新聞社やテレビ局などでは、日経や朝日や文春などが、ごく一部で実施しているだけです。

では、どうやったら実践が進むのか。必要不可欠なものが人材です。

デジタル人材を辞めさせないために権限を渡す

人材獲得競争に勝つために必要なことが2つあります。一つは採用すること。もう一つは辞めさせないことです。

このリポートではまずNYTを辞めてしまったデジタル人材5人に、なぜ退職したのかインタビューしています(退職した人から学ぶ。こういう姿勢が重要ですね。おっと、誰か来たようだ)。

5人に共通したのは、もっと裁量や影響力が欲しかったという点です。

デジタルの使い手は、その技術を持って創造性を発揮したいと思っている。でも実際には既存の組織構造の中で下請けのようなポジションに置かれがち。それではアイデアに溢れた人材ほど辞めてしまいます。

一言で端的に表現されています。

デジタル人材は誰かの業務に奉仕する役割ではなく、クリエイティブな役割を果たしたいと望んでいる。

デジタル人材獲得のための7つのステップ

辞めさせないためのポイントを挙げた上で、今度はデジタル人材を採用するための7つのステップを列挙しています。

・不足しているスキルを確認し、そのギャップを埋めるために積極採用する。
・採用担当がどういう人材が求められているか理解し、応募者のスキルを評価できるか確認する。
・デジタル人材の採用における伝統的なジャーナリズムスキルの重要性を下げ、ジャーナリズム人材の採用におけるデジタルスキルの重要性を上げる。
・新しいアイデアを取り入れるために、伝統的な競合からの採用を減らし、イノベーティブなスタートアップからの採用を増やす。
・才能豊かな技術者やUXデザイナーやプロダクトマネージャーやデジタル戦略担当に編集局とより近いところで働いてもらうことで、我々のジャーナリズムを採用や退職防止のツールとして活用する。
・戦略実践だけでなく戦略構築も託すことで、デジタル人材に権限を渡し、成長してもらう。
・幹部レベルのデジタル人材の採用を検討することで、潜在的な採用候補者に我々の優先順位は何かについてのシグナルを送る。

世界最高峰のジャーナリズムにこれだけ言ってもらったら、NYTで働きたくなりますよね。実際、NYTではこの戦略を実行し、BuzzFeedからも素晴らしい人材が次々とNYTに移りました

最近ではBuzzFeed News編集長のベン・スミスがNYTの超重要ポジションであるメディアコラムニストに就任することが公表され、大きな話題となりました(この件については別途記事にします)。

イノベーション・リポートはこれでおしまいですが、最後に「言ってることは正しくても実践できるか問題」に答えたいと思います。

改革を実践するために必要な4要素

僕は今年、ニューヨーク市立大ジャーナリズムスクールの「メディア・イノベーションとリーダーシップ」プログラムに参加しています。

先週、最初の会合があり、世界から集まった16人でまずはメディアビジネスの現状や戦略について1週間かけて学び、議論しました(今は帰国して、4月下旬にまた集まるときのために復習とさらなる学習に励んでいます)。

ハーバード大ケネディスクールからのゲスト講師が教えてくれたのは、戦略を実践するために不可欠な4要素。「具体的なタスク」「必要なスキルを持つ人材」「組織文化」「組織体制」です。

イノベーション・リポートを作成した担当者もゲスト講師に来てくれました。彼らの言葉を聞いてようやく理解できたことがあります。それは、リポートの構成です。

デジタル・ファーストを最初に言うと口だけになる

日本の新聞業界でも何年も前から言われている「デジタル・ファースト」がなぜ、リポートの最後に位置するのか。

リポートはまず「読者開発」のために何をすればいいのか、現状の編集局でも実践可能な簡単でしかも成果が上がる実験を紹介。続く「編集局の強化」の章では、組織体制の変更を最初に取り上げています。

そして、最後にデジタル・ファーストとは何かを定義し、その上でどういった人材が必要かを列挙しています。

もし、レポートの最初に「デジタル・ファースト」の章を持ってきたら、伝統的な編集局の人たちはどう反応したでしょう。その意義を理解せず、「また言ってる」程度にしか受け止めなかったのではないでしょうか。

このレポートで興味深いことの一つは、退職した5人へのインタビューはいずれも実名ですが、社内インタビューはほぼ匿名なこと。自由に意見がいいにくい組織文化があったのでしょう。この状態では、改革は難しい。

タスクを列挙し、組織体制を整備し、そのために必要な人材と文化を整える。これがすべてを変革するデジタル・ファーストの実践には不可欠です。

今回のまとめ

・デジタル・ファーストとは組織をまるごと変革すること
・デジタル・ファーストを実例で示す
・デジタル人材を辞めさせないために権限を渡す
・デジタル人材獲得のための7つのステップ
・改革を実践するために必要な4要素
・デジタル・ファーストを最初に言うと口だけになる

NYTのイノベーション・リポートに関する連載はこれでひとまず終わりです。2014年のリポートが色褪せないのは、デジタルメディアや組織変革の本質をついた文書だから。この連載も何度も振り返ってもらえると幸いです

今回の連載は一つの記事をだいたい3000字でまとめていますが、実際のレポートはもっと具体的な例や証言が掲載されています。

より深く知りたい、日本や世界の現状分析を含め、自分の組織にひきつけて考えたいという場合は、講師やコンサルティングも引き受けているので、daisuke@media-collab.comにご連絡ください。

また、トピック別でも、例えば、ソーシャルメディア活用を始めたい組織にガイドライン作成や実践のアドバイスもしています。

noteのサークル機能を使ったコミュニティづくりや、僕だけでなくSEO専門家やエンジニアとも協力したクローズドの実践的な勉強会も企画しています。そちらもご興味ある方はご連絡ください。

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ジャーナリスト / メディアコラボ代表 朝日新聞記者からBuzzFeed Japan創刊編集長を経て独立。「Journalism for better X」を目指し、報道やメディアや社会課題を解決する活動をサポートしてます。

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ニューヨーク・タイムズのV字回復のきっかけとなった、デジタル時代のメディアのバイブル「イノベーション・リポート」について、最新のデータや日本特有の状況も交えて解説します。

コメント (2)
大変興味深いです。NYTは技術面ではグーグルと協力しており、倉庫に眠っていた古い写真をグーグルのAIの技術を使ってデジタル化したり、データサイエンティストを採用してデータ分析を元にした記事を書いたりしてますね。サブスクも初年度は破格の値段で私も購読しています。一方で、Webページの作りが紙のレイアウトをそのままコピーしたような感じでごちゃごちゃして読みにくい感じがあり、Mediumみたいなおしゃれ感が全くないのが謎ですね。笑
コメントありがとうございます!NYTが大切にしていることの一つがオーセンティックな雰囲気を崩さないことだそうです。なので、ああいうレイアウトもあえてのブランディングなのだと思います。僕もMediumやnoteのシンプルなデザインは好きですが、情報を詰め込むニュースメディアとしてはNYTのデザインは優れていると思います。
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