見出し画像

#1〜#5車輪の上で

港区にオフィスを構え、ウィーンと気持ちよくセグウェイを乗りこなす男がいた。
「社長、おはようございます。本日のスケジュールです」
秘書は手際よくレジュメをその男に渡す。
曲がり角にもかかわらず、スピードを落とさないでいると、社員とぶつかりそうになり、
「ちょっと危ないじゃないですか!」
「すまんすまん、LINEマンガ読んでた」と言い訳。ちなみに社長のお気に入りは「白竜legend」である。1日1話ずつ読めるLINEマンガは社長の日課だ。
「全く…」と言いながら、笑みを浮かべる社員の姿からは、その会社の雰囲気の良さが伝わってくる。
午前10時。会社の会議の時間。
「それでは、社長より、新たな事業計画のプレゼンをしていただきます。あっあの社長…?」
セグウェイの駆動音が室内中を響かせているせいか、社長にはアナウンスが聞こえなかったそうだ。
「社長!セグウェイを止めてください!」
司会の声は虚しく、埃が辺りを舞う。会社のルールで会議室の部屋は掃除しないことが基本原則だ。

かつて社長はいった。
「掃除は議論の敵だ。日頃の汚れの蓄積が変化を表し、我々はその変化に敏感でなければならない。議論は変化に敏感である必要があるのだ」と。続けて、「ホコリ1つからイノベーションというものは始まる。汗や匂いだって、蓄積すれば変化するんだ」。
さらに続けて、「この部屋に入ったら、まず臭いことを君たちは認識するだろう。それがポイントなんだ。君たちは年齢も異なれば、肩書きも異なる。生き方や人生観、バックグラウンドも異なる。そんなバラバラな君たちがまずやらなければならないのが、共通認識だ。「臭い」を共通認識のスタート地点として、議論を進める。そうすることで、どんなメンバーでも会話のきっかけが生まれ、打ち解けることができる。この部屋の臭さはそれを果たす一助になると思うのだよ」と社長は我が物顔で言い、社員もそれに唯唯諾諾としたのだ。

多数の綿埃がセグウェイの車輪に絡まり、音は少し静かになった。
「おっと、また故障かなぁ。この故障したという事実は変化を生み、明日の未来を変えるねぇ」
セグウェイを故障させた後のこの言葉は、社長の口癖であった。

「ウム。(ウィーン)今回のプロジェクトはね。(ウィーン)今流行しているオンラインツールの「Zoom」に我社のCMを流させようというものなんだ。(ウィーン)」
「ZoomにCMを? ゲッフゲッフ。ゴホン。」埃に耐えられずマスクをする幹部が問う。
「うん。ZoomやTeamsといったアプリが飛躍的に普及しているのは知っての通りだよね。でもみんな使って分かると思うけど、少しばかり、待機時間があったりするよね。友達がミーティングルームに入る前や、メンバーの1人がネットの回線を悪くさせる時や、そういう時に我が社のCMを入れようって話だ。誰だって、文句を言わないだろう。それにみんな画面に注目するわけだから、我社の認知度も上がると思う。現にLINEマンガはCMを一回見たら、読んでいる漫画の続きをもう一話分読むことができる。もし、zoomにCMを入れることが出来たら、時間の合間に挟むだけではなくて、LINEマンガのように時間をリセットできるとか、付加価値を生むべきだろうね。まだ他社もやってなさそうだし。よくない?(ウィーン)」
「面白そうですが、Zoomさんには許可とかもう取れてるんです?」
「それは君たちの仕事じゃないか。期待してるよ。」
「んな勝手な。あっそうだ。CMのキャッチフレーズは何にします?」
「うーん、そうだな。じゃあ『信頼と実績。地域とともに』で」
「んな地方の中小企業みたいなの誰がやりますかね!?もう少しスケールを大きく!
って、社長どこへ?!!」
「ごめん、埃がキツくて」
セグウェイの駆動音はどんどん遠ざかっていった。

朝の6時。
起きるのはいつもこの時間だ。
港区にあるオフィスまで片道で40分くらいかかるため、この起床時間が私にできる最大限の譲歩である。
眠気覚ましに軽くシャワーを浴びて、それから髪を乾かしてメイクをする。
服装はいくつかあるセットアップを着回すだけだから、特に時間をかけて選ぶ必要はない。
しかし、出社前に戦闘服に身を包むような気分になる。
これで、気が引き締まる上にどこか落ち着く。
通勤中は音楽ではなく、ラジオを聞くのが私のこだわり。
というのも、通勤時間が長いせいで、音楽だとどうしても飽きが来てしまうのだ。
その点、ラジオなら毎日新鮮な気分でパーソナリティの話を聞くことができ、それで気持ちもリセットされる。
自分が送ったメールが読まれたかどうか確認するのも、ラジオを聞く大事な理由だ。
こんな風にして、私の1日が始まる。

この会社に秘書として入社して、もう3年が経つ。
初めは、社内でセグウェイを乗り回して颯爽と埃を巻き上げる社長に激しく面食らったが、今となってはタイミングよく資料を渡すことなど造作もない。
遠くから聞こえてくるモーター音が、私の仕事開始の合図だ。
「社長、おはようございます。本日のスケジュールです。」
LINEマンガを開いたスマホを片手に、1度も止まることなく資料を受け取っていく社長。
「スマートなのかダサいのかよくわかんないや。」
そう思いながら頬を緩ませる。
今日は10時から会議だ。
あの部屋は掃除をしないのがこの会社の慣習。
これは社長のあまりに独特すぎる考え方に基づくものだ。
私が入社する前に社長がしていた話を聞いたことがある。
「掃除は議論の敵だ。日頃の汚れの蓄積が変化を表し、我々はその変化に敏感でなければならない。」とかなんとか。
「議論のための共通認識を、部屋の臭いから作る」みたいなことも言っていたらしい。
ちょっと何を言っているかわからない。
清潔な部屋で会議する方が、気が散らなくて集中できるんじゃないの?
私はハウスダストのアレルギーを持っている。
そのため、あの部屋へ行くとくしゃみと鼻水が止まらなくなる。
だから、あの部屋で会議に長時間出席するのは相当の体力と精神力を消費する。
だが、幸いにも、秘書の私は会議に出席する必要はないので、あの部屋に長く居座ることはない。
風通しの良さがこの会社の良いところだが、埃で空気を悪くするなんてあまりに滑稽だ。
私も今度の会議に出席して、会議室の掃除をイノベーションとして提案してみようかしら。
そんなくだらない事を考えていると、遠くからモーター音が近づいてくる。
今日の会議の資料を受け取りに来たのだろう。
そう思って渡す資料をまとめ、通路の端に立って待つ。
「社長、こちらが今日の会議の資料です。」
「ありがとう。でも悪いね。今日は私が新しい事業について説明をすることになったんだ。だから、これは次の会議の時にまた渡してくれ。」
「あ、わかりました。」
遠ざかるモーター音。
先週も同じことを言っていた。
しかし、モーター音のせいで司会の声が何一つ聞こえず、結局プレゼンのタイミングを完全に逃していたと別の部署の同僚に聞いた。
今日も同じことが起きなければいいけど。

そろそろ、先週の会議が終わった時間だ。
先週は社長のプレゼンがなくなったおかげで、かなり時間が巻いて終わっていた。
今日は会議室から人が出てくる気配がない。
社長がプレゼンまで上手く辿り着けたのだろう。
そう思っていると、突然社長だけが会議室から出てきた。
「社長!いかがされましたか!??」
「ああ、ちょっと埃がキツくて。」
一瞬言葉を失った。
それに続いて「掃除しないからでしょ。」という言葉を口にしそうになったが、何とか飲み込んだ。
「そうですか。ご自愛ください。」
必死に笑いをこらえながら放ったその一言は、我ながら100点満点ではないかと思う。
笑いを我慢している事に気づかれるとまずいので、軽くお辞儀をしてその場を急いで立ち去る。
後ろを向いた瞬間から緩む頬。
何とかトイレに駆け込むと、誰もいないのを確認して、はばからずに声を上げて笑った。
お腹が痛くて涙が出るほどに。
「イノベーションがどうとか言うなら、あの会議室をイノベーションするべきでしょ。 あ、それだとリノベーションになるか」
そう言えば、日本の大人気アニメがアメリカで実写化されることになったと誰かが言っていた。
港区でもハリウッドでも、イノベーションはどこでも起きているのだ。
「さて、そろそろ仕事に戻ろうかな。」
ひとしきり笑い終えると、何食わぬ顔でトイレから出て自分のデスクに向かった。
遠くの方では、相変わらずモーター音が鳴り響いている。
騒がしくも何気ない1日が、今日も過ぎる。

私は、港区にオフィスを構える会社に入社し、10年目を迎えた29歳である。29歳の若さで幹部にまで昇進した。
高校を卒業して直ぐに、社会の荒波に揉まれる道へと進んだ私は、セグウェイを社内で移動手段として採用している頭のネジが1本抜けた社長の元で働いている。
風変わりな社長を印象付けるエピソードを紹介しよう。私たちの会社の決まり事として以下のものがある。
「掃除は議論の敵だ。日頃の汚れの蓄積が変化を表し、我々はその変化に敏感でなければならない。」
「議論のための共通認識を、部屋の臭いから作る」
このような意味不明な自論を社内の取り決めとされ、私たち部下は常日頃困惑させられている。

話が少々脱線してしまった。
私は、10年もの間、働くことのみに生きがいを求めていたせいか、ろくに恋愛もしないまま気づけば29歳になっていた。
毎年のように来る結婚式の招待状にも辟易とする。
日本の文化は、結婚式に参加できない場合、「御」という文字を消し、出席に2重線を引き、欠席に丸をした後、空欄には、参加できない理由やお祝いの言葉を付加する事が節度ある礼儀とされている。
「こんな文化糞くらいだ! 嗚呼、苛立たしい!!
欠席を2重丸で囲んでやりたい!いや「御」の字は3重丸がいいな...
それだけならまだしも、なんで誰も思ってもいないようなお祝いの言葉や、嘘の欠席理由をわざわざ記載しないといけないんだ!
日本人は、嘘が書かれた紙を見て本当に喜んでいるのか?
とにかく、こんな文化はふざけている!!
自分の幸せを不幸者に見せびらかし、不幸者をなお不幸に陥れる文化でしかないじゃないか!
こんな所にまで資本主義を反映してなるものか!」
私は、恋愛というワードにアレルギー反応を示すほどになっていた。

こんな私も、突然、恋をしてしまった。
その相手は、3年前に入社してきた子で、風変わりな例の社長の秘書をしている。
私は、人目見た時から彼女に惚れた。
巷では、一目惚れというやつだろうが、それは違う。 みんなが思っているようなトキメキとは全く異なる。 この思いを一目惚れという一般市民と同等の概念にして言い訳がない。失礼にあたる。
このはち切れそうな愛。寝ても醒めても彼女のことが脳内に映し出されるこの感じは今まで味わったことがない!
彼女は、ショートカットで、美人とは言えないがしっかりした顔立ちで、男性をイチコロにする笑顔を持っている。体型も少し丸いが、男性が大好きなムチムチ肌をしていて、肌に毛穴なんか1つもない。男性諸君のみんなは分かるだろう? 完璧だ。。。
彼女の名前は、牧田ななといった。
彼女と話すきっかけを、何処かで持ちたいと思いながらも如何せん恋愛をしてきていない代償がここで現れた。
話しかけられない。。。
話しかけられず、もどかしいまま、はや3年がたってしまった。

ある日、会議が行われた。
この日は、社長自らが行う新たな事業プレゼンテーションがあった。
このプレゼンの中では、
ZoomやTeamsといったアプリが飛躍的に普及しているため、我社のCMを友達がミーティングルームに入る前や、メンバーの1人がネットの回線を悪くさせる時などの空白の時間に流せばどうだろうか
ということであった。
掃除が行き届いてない会議室で、いつものようにセグウェイに乗っているため、埃が室内を充満する。
あちこちから、咳き込む声が聞こえる中、その後、私たちに「任せる!」といったっきり、颯爽と社長1人だけが会議室を後にした。
「なんと勝手な社長だ...」
この場をなんとか終息させ、会議室を出た。

会議室を後にすると、女子トイレから出てきた牧田ななと出会った。
彼女は、やけにニヤニヤしており、頬はやんわり紅潮していた。
「あっ、おはようございます!社長のプレゼンいかがでした?」
「あっ....えっと...その..、いつも通りあの感じでしたよ。。」
「ですよね笑 1人だけが颯爽と出ていったんでそうだと思いました笑
でも社長って、本当面白い人ですよね!笑」
せっかく、牧田ななと話せた私だったが、非常に複雑な気持ちに陥った。
彼女がトイレからニヤニヤしながら出てきて、少し紅潮していたのは、あの社長のお茶目な姿をみて、そうなっていたのではないか?
確か、少し前に社長は1人で会議室を出たはずだ...
ならば、牧田ななは会議室を出た社長とここで会ったのではないか?
会議が終わって、2人っきりで会うことができた嬉しさそして、社長の行動のかわいさから顔が紅潮し、少しニヤニヤしていた...
そう考えれば、彼女の症状が説明つくのではないか?
もしかして、、、
牧田ななは社長のことが好き....?
秘書の彼女の立場なら、重役の私なんかより接する機会がうんと多い。
あんな風変わりな社長のすぐ側にいて、彼女の母性本能が発揮され、社長の幼児性を守ってあげたい。
このように思うようになったのではないか。
だから、彼女は社長のことを好きになったのではないだろうか?
嫌な予感が脳内を激しく蠢いた。
「それじゃあ、私行きますね! お仕事頑張ってください!」
「あっ..うん..ありがとう。」
私はせっかく話せた彼女との貴重な時間を台無しにした。
それどころか、より重大なことを知ってしまった。
牧田ななは、社長を愛している!!!
私は、立ち直れそうにないまま、俯きつつ仕事デスクへとトボトボと戻っていった。

牧田ななが社長のことを好きで紅潮していたのではなく、自分の社長への返しの上手さ、社長の馬鹿さかげんに爆笑したことによる、紅潮であることに彼は気づけないのであった。
牧田ななはトイレから出る瞬間は、平然とした顔で出ていたつもりだったが、彼は、彼女のわずかな表情の変化に気づいたのだった。
このさり気ない勘違いが今後の進展にどのように作用していくのであろうか。

「でさ、社長なんて言ったと思う?『埃がきつくて』だってよ?」
そういうと彼女はクイっと残りのハイボールを流し込んだ。
「なに飲む?」「ハイボールもういっちょ」タッチパネルで追加注文をしながら、僕は聞いた。
「もう勝手に掃除しちゃえばいいじゃん」
「だめだめ、凹んで仕事にならなくなる」
「もういい大人だろ?そんなことある?」
「残念ながら、彼はまだまだ子供だねぇ」
彼女との会話は、非常に心地よい。たとえその内容が平行線をたどっていようと、そのキャッチボールだけで楽しいのだ。彼女がとても楽しそうに話してくれているのもあるし、まぁ、お酒が少し入っているのもある。しかし、聞けば聞くほど彼女のボスは変人である。なんでも、会議室の部屋を掃除しないそうだ。「なんだっけ、その社長の持論って。」
「ん?『掃除は議論の敵だ。議論のための共通認識を、部屋の臭いから作る』のこと?もうわけわかんないよね。」と言いつつも少し楽しそうである。
「でもね、社長、ついに自分の部屋は奥さんに掃除されてしまったらしいよ。」
自分の部屋まで掃除してなかったのかよ、と面喰いつつもそりゃ大変だと相槌を打つ。
「それでね、相当凹んでたのよ次の日。『今までの俺の歴史がぁ』と言っちゃって。」
「奥さんもそんな人と良く一緒に居れるな…でも奥さん方が一枚上だったわけか。」
「どんな持論を振りかざす男も、女の前じゃ丸腰になるんじゃない?」そう言ってほほ笑む姿に少しドキッとしながら、これは見透かされているのか?なんて考えてしまう。そろそろ次のお店行く?と聞くと、少し紅潮させた顔で、もちろん!と答えたので二人で暖簾を分け外へ出た。散った桜の花びらが街角にたまっている。ボーっとそれを見ていると彼女が急に聞いてきた。「で?今日の相談事はなんなのさ。」
あらら、やはりお見通しでしたか。もう出会って2年半近くなりますからね?などと軽口を叩きながら、いつもの2軒目へ。
「今年入ってきた子たちのことなんだけど。」
「おっと、3年目の先輩の貫禄が出てますね~!」
「ちょっとやめて、真面目なんだから。」
「入社半年でウチに営業に来た時の君とはもうだいぶ違うんだね~。」
「そりゃそうでしょ、成長したわ。そういう牧田だって変人社長に振り回されてたじゃないか。」
もうその話はいいでしょ、私も成長しましたと言って彼女はビールを飲む。
彼女の言う通り、ここ最近営業に行くと、セグウェイを乗りこなす社長になんなく資料を渡したりしているから驚きだ。自分の道をしっかり進んでいる彼女を見ていつも少し羨ましく思ってしまう。そして、こうして相談と言って飲みに誘う手段がいつまで通用するのかなんて考えてしまう。
「俺もビールもう一杯!」と大声で店員に告げる。少し驚いた彼女に、どうしたの今日はずいぶん飲むねぇと言われたが関係ない。今日は苦みと一緒に飲みほすのだ、この気持ちを。

「はぁ、またあの埃っぽい部屋で会議か。『掃除は議論の敵だ。議論のための共通認識を、部屋の臭いから作る』ってなんだよ。」
会議がある日はこれが口癖だ。だがそんな変わり者の社長を何故か憎めない自分がいる。
白を基調とした部屋に黒のインテリアというモノトーンな部屋。別室にはトレーニングルーム。シンプルで無駄がなく、会社の稼ぎ頭らしい部屋である。
いつものフルーツグラノーラとキャラメルラテの朝食をとりながら今日の自分のスケジュールを確認する。
朝食が終わるとスポーツウェアに着替え、いつもの公園まで走って軽くトレーニングをするのが日課である。
「そういえば、秘書の牧田さんも人を殺しそうな顔をして歩いてたな。いつもは穏やかなのに。」
そんなことを思いながら帰路に着く。

シャワーを浴びて会社に着くと、まず防塵マスクを付ける。あんな部屋でまともに呼吸なんてできたもんじゃない。
いつもの様にセグウェイで颯爽(?)と社長が入ってきた。
なんでも新しい事業を始めるらしい。
「ZoomにCMを? ゲッフゲッフ。ゴホン。(防塵でもこんなにきついのか…。)」
「うん。ZoomやTeamsといったアプリが飛躍的に普及しているのは知っての通りだよね。でもみんな(云々)...。テーマは『信頼と実績。地域とともに』でいこう。」
それだけ言うと埃に耐えられないからと、社長はすぐさま部屋を出て行った。
「いつものように細かいことは全部俺たちか…。しかもそのテーマ、地方中小企業かよ。まぁボーナスもたくさん出してくれるし、頑張り甲斐はあるからやっちゃうけど。」
ボソッと言いながら頭の中では既にプランの軸は構築されつつある。
「とりあえずZoomさんにアポ取って、CMの許可が取れたら専門チームとミーティングだな。」

お昼は自家製のローストビーフと、サーモンとアボカドのサラダ、そしてプロテインを飲みながら、なかやまきんに君の『The きんにくTV』を観る。
「また筋肉のYouTube見てるんですか?うわ、お昼ご飯もヘルシーだ!大会でも出るんですか?笑」
誰だと思ったら秘書の牧田さんだった。改めて見ると顔立ちも良く、何とも魅力的な女性である。
「私もダイエットとかシェイプアップに興味があって、良ければ今度、一緒にウォーキングでもしませんか?」
答えは「イエス」か「はい」か「喜んで」の3択であった。
「ほんとですか?!じゃあ今度の日曜日、海浜公園の正面入り口で待ち合わせで!仕事頑張ってください。」
そう言うと彼女は足早に去って行った。
ザワザワ…ザワザワ…
カイジばりのざわつきが脳に響いている。なんだこれ。 とりあえず午後の仕事を片付けなくちゃ。

「よーし。アポも取れたし、反応も良かったからうまくいきそうだ。I Love...なんて♪」
珍しく鼻歌なんか口ずさみながら帰っていると、どこかで見た様な風貌の女性が男と歩いている。
「ん…?あれは牧田さん?と、もう1人は誰だ?牧田さんも少し酔ってるな。」
やけに親し気な雰囲気だ。そしてその2人はそのまま2軒目であろうお店に入って行った。
「まぁいっか。早く帰ってトレーニングしよ。」

全く集中できてない。鍛えたい部位に全く効いていない。
「なんか今日は変だな。なんでこんなに集中出来ないんだ?」
その瞬間、さっき見た牧田さんともう1人の男の姿が浮かんできた。ざわつきとモヤモヤとした感情も同時に。
わからないことがあった時はすぐにGoogle先生を使う。[男女 モヤモヤ ざわざわ]で検索。

『「もやもやする…」恋愛の不安の正体はこれ!!』

「は?恋?25年間、片想いすらしたことのない俺が?」
馬鹿らしくなって検索履歴を消した。一旦コーヒーでも飲んで切り替えよう。
そう頭で考えながら、携帯のカレンダーの日曜日には【牧田さんとウォーキング】と打ち込んでいた。
少しだけ頬が緩んでいることなど、自分では気づけるはずもない。

#エッセイ #小説 #ショートストーリー #恋愛

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?