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人生は変わるが、春巻きは変わらない

「信じられへん!
春巻きやのに、皮の中にキクラゲとかたけのこ入ってて、
中身があんかけ麺みたいやってん!
俺がずっと家で食べてきたんと全然違うねん!」

息子が高校生の頃、友人たちと横浜中華街の中華バイキングに行った。好きな中華をお腹いっぱい食べられると嬉しそうに家を出たのだが、帰ってきたらいきなり文句を並べ始めた。

「いや、春巻きってこうだよね」
「お前んちの春巻き、どんななの?」

中華街の春巻きに驚き残念がる息子に、友人たちは不思議そうに尋ねた。彼らには、息子が話す『春巻き』が驚きだったらしい。

息子が好きで、私が15年前から作る春巻き。
初めて作ったのは、私が離婚して息子との二人暮らしを始めて間もない頃。息子は保育所に通い、私は時給850円のパート仕事をしていた。夕方保育所に迎えに行き、家に帰ったらごはんを作り息子と食べる。忙しかったからか、毎日必死で生きてたからなのか、今のようにSNSに残すこともなく淡々と作っていたからなのか。何を作っていたかほとんど覚えていない。だが、今も作り続けている料理のひとつが、この春巻きだ。

中身は豚ミンチともやし。2センチくらいに切ったニラと硬めに戻した春雨。
味付けは塩胡椒と、醤油、ごま油とオイスターソース。
具は炒めず、全てボールに入れてよく混ぜる。片栗粉でまとめたら春巻きの皮に乗せ、くるくるっと巻いて、フライパンに2センチほど油を入れて揚げる。あまりに簡単で美味しくて、息子も喜んだので、春巻きはこの一択となったのだ。

初めて作った時は豚ミンチでなく豚こまを使った。だが、「美味しいけど、お肉さん苦手」と幼い息子が言うのでミンチに変えたら、「美味しい!」と2本3本食べるようになった。元は料理ブログで偶然見つけたレシピだが、後から検索したら同じようなレシピがずらずら出てきたので、いろんな家庭で作られている春巻きなのかもしれない。私は味付けや中身の量を作るたびに変えて、今の作り方に落ち着いた。

春巻きは、息子だけでなく私も好きな料理だ。もやしとニラ、春雨と豚ミンチというお財布に優しい材料。さらに、ニラと春雨をキッチンバサミで切ると、包丁とまな板もいらない。
「お仕事でお忙しいでしょうから、揚げ物なんてしないでしょ?」と母親世代の女性にマウント取られた時は「うちよく春巻きしますけど?」と切り返した。彼女は、肉や野菜たっぷりの具材を炒めて冷まして包んで揚げる『春巻き』を勝手に想像して、会話が終わった。私がどんな春巻き作ってるかは、聞かれない限り話さなかった。

息子が小学生となり、低学年から中学年、高学年と学年が上がるのに比例して、春巻きの豚ミンチの量も増えた。お肉さんは苦手でなく、大得意となっていた。私の春巻きは、半分以上豚ミンチの具材をぎゅうぎゅうに包んで、ぱんぱんに膨らんだ。その膨らんだ春巻きを、息子は5本、6本と食べていた。

春巻きの膨らみが増すにつれて、私の仕事と収入も変化していった。時給850円のアルバイトから、大学研究所のアルバイトに転職。その後、別の研究所の嘱託職員になり、二人の暮らしも少しずつ楽になっていた。子育てと暮らしは楽になったが、ひとつ状況が悪化したことがあった。木造アパートの流し台で頑張っていた給湯器が壊れた。大家さんに相談すると、ガス屋さんが来てくれた。給湯器だけでなくガス管もあまりに古いため、修理も付け替えもできないと言われた。水しか出ない流し台と食卓で、私は毎日晩ごはんを作った。春巻きは数えきれないほど包んだ。毎年秋の終わりになると、鍋でお湯を沸かして、その湯を使って洗い物をしていた。水温む春が待ち遠しかった。

そして、息子が中学生になる春。縁あって再婚し、横浜で暮らすようになった。

「お湯が出るー!洗いもんしてても手冷たくならへん!」
「すごいで!洗った茶碗も冷たくないで!」
三人で暮らし始めたマンションは、オール電化だった。息子と私が初めて台所で洗い物した時、二人で大喜びした。会話を聞いていた夫が「きみら、どんな生活してたんや」と驚いた。

そんな夫は、初めて私が春巻きを作るのを見て驚いた。
「え?具材炒めへんでそのまま包むん?」
「そんなちょっとの油で揚げて大丈夫なん?」

夫が今まで食べたことのない『春巻き』。
次々と春巻きを自分の皿に乗せる息子を横目に、夫が一口食べた。
「食べたことない春巻きやけど、美味いなあ」と驚いていた。

初めて作ったのは木造アパートのお湯が出ない台所。今はオール電化マンションの快適なキッチン。二人暮らしから三人家族。私と息子と夫。初めて春巻きを作った時から、食べた日から、どんどん人生は変わっている。息子は成人し夫は還暦を過ぎた。だが、私の作る春巻きは変わらない。やがて息子が家を出て、食べる人が夫と私だけになり、豚ミンチの量が減っても、私の春巻きは、この春巻きなのだ。

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美味しいはしあわせ「うまうまごはん研究家」わたなべますみです。毎日食べても食べ飽きないおばんざい、おかんのごはん、季節の野菜をつかったごはん、そしてスパイスを使ったカレーやインド料理を日々作りつつ、さらなるうまうまを目指しております。