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3ヶ月寝かせてしまったピンクのワンピースをついに着て「最高!」と感じられるようになるまでの話

「やばい。かわいい。欲しい」

12月の夜、台所仕事の合間にiPhone開けると、画面がピンクになった。インスタをフォローしていたショップが、ニットのワンピースを発売していた。

メインカラーは『ピンク』。自分の日常にはない色だ。どうしよう。めっちゃかわいいやん。あー欲しい。

だが、秒で『かわいい』を打ち消し沈める言葉が、脳内に溢れてくる。

いやいやいや。ピンクやで? しかも、1枚のピンク×ブラックはまだいけるとして、もう1枚はピンク×マゼンタやで? ピンクピンクやん。そんなん、どこ着ていくんさ。それに、これからさらに寒くなるのに、重ね着もできへんやん。

画面を見ながら、脳内の自分と話をする。最初に出たのが、肚から湧き出た『冒険好きな本音』。後に出たのは、頭から出る『怖がりな常識』。

本音と常識の間をうろうろした末、『冒険好きな本音』を採用。ピンクブラックとピンクマゼンタ。どちらか迷ったが、2枚ともカートに入れて、決済ボタンを押した。

数日後ショップから届いた箱。

開けたらリビングにピンクが広がった。防寒最優先の普段着を脱ぎ、ニットワンピを着てみた。

「よかった、入ったー!」(サイズ確認したもののドキドキしていた)

そして、

「2枚とも買ってよかった!」(合計金額にドキドキしていた)

こんな肚の声が口から出た。買ってよかった、うれしかった。

🧥🧥


それなのに、3ヶ月過ぎても、2枚のワンピースを着ることはなかった。ワンピースに合うコートがないから、だった。

私は、このピンクと同じくらいテンション上がるコートを持っていない。もう何年も、冬のコートを選ぶ目的は『防寒』一択。大雪の日でも、最高気温10℃未満の日でも、その目的を果たしてくれるコートは、ある。

だが、『かわいい』とは思えない。『防寒』を優先して、『かわいい』は諦めていた。

(防寒一択ってさ、冬登山用ウェアの選び方やん・・・)

ピンクのニットワンピースと冬登山ウェア。それはもう、合わない。着こなせる人がいたら、それはモデルか女優だ。私ではない。

ピンクのニットワンピースに合うコートが欲しい。ちゃんと防寒にもなる、かわいいあったかいコートが欲しい。そんなコートやったら、最高!

着る機会がないままのワンピースを眺め、私は動き始める。

まずはネットや実店舗で探すが、なかなか『最高!』なコートには出会えなかった。

12月、1月は女友達と集まる機会が多かった。「ピンクのワンピース着よっかな」出かける前にちらっとそう思うが、毎回防寒コートから逆算して服を選び、ピンク以外の服を着てしまっていた。

「あんなにドキドキしたのに、着ないままあったかくなって、春になるんかなあ」ピンクのワンピースを買ったときのドキドキ、箱を開けた時ピンクが広がったあの瞬間が遠くなってしまった。私はワンピースをクローゼットで寝かせ続けた。

寝かせたまま3月になった。そろそろ春物が増え始め、冬物バーゲンも終わりかけたある日、友人のつぶやき(ポスト)を見て、ひらめいた。


verdeさんが展示会見て回り、これぞと思った服を選んでお店に置いているのは知っていた。お客さんたちも、長年通われる常連さんが多く、かつ、いいものがわかるお客さん方やろうなって思ってた。

そのお店にある半額ダウンジャケット。ってことは、かなりいいものに違いない。お店行ってみたい。だが、忙しい時間帯とかあるやろし、できたらその日お店にいるのはverdeさんだけって日がいいなあ。

迷っていたが、土曜日の朝DMを送ってみた。するとすぐに返事が。

「今日ならいいよー。午後3時以降だと落ち着いてるかな」

なんと。その日は予定のない土曜日。行く行く。すぐに返信した。

寝かせていた2枚のワンピースを出した。ピンクブラックを着て、ピンクマゼンタはバッグに入れた。メイクを終えて、「出かけてくるね」と息子に言うと「えらい派手なん着てるなあ」と言われた。

「やっぱり、派手かなあ」と鏡の前にもう一度立った。防寒力弱めだが、クローゼットのなかでは比較的おしゃれな薄手コートを着て、ピンクがあまり見えないようにボタンを留めた。

自転車、電車、最後歩いて着いたお店。verdeさんが外で待っててくれていた。彼女とはこの数年何度も会っているが、お店に行ったのは初めてだった。

思っていたより広い店内、入ってすぐ、もう居心地がいい。話もそこそこに、「このワンピースと、これに合うコートが欲しいねん」と言って、バッグのなかからワンピースを出しテーブルに広げた。

さすがだ。見せてもらったコートは、全て2枚のワンピースに合う。着てみた感覚、他の服との合わせ方、いろいろ聞いた。

持ってきたピンクマゼンタのワンピース、どんなふうに着たらええかなと相談したら、白いシャツと合わせたらいいよ、白のタートルもいいかもと、次々合わせて見せてくれた。

なるほど、こんなふうに合わせたらいいのか。お店の商品じゃないのに、アドバイスいただいた。verdeさん、ありがとう。

こんにちは、と、買い物袋を提げた上品なマダムがお店に来られた。

常連のお客さんだと後から教えてもらった。ハンガーにかけて、白いシャツを合わせてもらっていたピンクマゼンタのワンピースを見て、彼女の顔がぱっと明るくなった。

「あらー、きれいな色ねえ。かわいいわねえ」

ワンピースと自分が褒められたような気分になり、「ありがとうございます」と笑顔でお礼を言った。

「店内にあるもの、ゆっくり見て試着してみてね」verdeさんに言われて、コート以外もゆっくり見てまわった。たくさんの展示会を回り、verdeさんが厳選した服が溢れていた。「あー楽しい!」お店に入ってからなんべんも言うていた。

店内をぐるっと見た後、私はセーターの棚に行った。きれいなピンクが気になり、棚からそのセーターを出して、広げた。

「きれいやねえ」
「かわいいわあ」

マダムに言ってもらった言葉が、今度は自分から出た。手に取ったら離したくなくなった。ピンクマゼンタの上から着てみた。

ピンクonピンク。こんなコーディネートしたことないよ。どんどん楽しく、気分も上がってきた。

コートより先に、このニットを買うことに決めた。決勝に残った2枚のコート見比べて、また試着した。ワンピースに合うし、あったかい。「これやったら最高」を両方ともクリアしている。

先制点を取ったのは、フォーマルなブラックコートだった。着心地よく軽く、暖かい。そして、この歳になるまで、持ったことがなかった形と色。

フォーマルであるが故に、葬祭の時に着るという印象が強く避けてきた。だが、試着したこのコートは、フォーマルでもカジュアルでも、ワンピース、パンツ、デニムにも合う。と、verdeさんが教えてくれた。

「いつもやったらこっちのカジュアルな方選ぶけど、ブラックのコートにする」と、私はフォーマルなコートを選んだ。


優勝したブラックコートをそのまま着て、verdeさんに見送られ店を出た。

外を歩いてみると、改めてコートの着心地の良さを感じた。コートもワンピースも「これ最高!」って選んだものだ。歩いていたら、家を出た時よりも背筋が伸び、口角も上がる。そして、袖口をじっと見て、私は嬉しさがじわじわと込み上げた。

私が日常着ている防寒コートは、袖口が絞られている。冷たい風は入らないが、ゴムできゅっと絞った袖を見るたびに、事務仕事用アームカバーを思い出して、小さくがっかりしていた。

手袋したり、ゴムが隠れるように工夫したり、ちょっとでもアームカバー感が薄くなるように工夫してきたが、小さながっかりはなくならなかった。コートを着て袖口を見るたびに、がっかりが少しずつ積み重なっていた。

その一方、買ったばかりのコートの袖口は、ゆったりと広めで美しい。駅までの道を歩きながら、袖口を何度も見て、うれしくてニヤニヤしてしまった。

服は新しい世界へ連れて行ってくれる。

そんな言葉を突然思い出した。

私はピンクのニットワンピースを見て買った時からずっと、新しい世界に連れてってもらってたんだ。

防寒一択でない、『小さながっかり』がない、「最高!」って思えるコートを探していた世界。

初めて降りた駅、verdeさんが厳選した服に溢れたお店。

どれも、ピンクのニットワンピースが連れて行ってくれた新しい世界だった。

12月のあの日、かわいいって湧いた思いを採用して、ピンクのワンピースを買ってよかった。このワンピースに合う、「これだったら最高」ってコートを探し続けてよかった。

3ヶ月寝かせていたワンピースが、ブラックコートに起こしてもらった。遠くなっていた買ったときのドキドキと、箱を開けた時に広がったピンクが、また私のなかに帰ってきた。買う前は「どこに着て行くねん」って思ったけれど、次はどこに着ていこうかと楽しみになってきた。

いくつになってもピンクのワンピースを着よう。今まで選ばなかったブラックコートを着て、「最高!」を味わいながら街を歩こう。そして、新しい服を着て、新しい世界へ行ってみよう。

歯医者に行く時、いつもの防寒コートを来た。防寒コート着て袖口見ても、がっかりしなくなっていた。「あったかいな」って、口角上がってた。


美味しいはしあわせ「うまうまごはん研究家」わたなべますみです。毎日食べても食べ飽きないおばんざい、おかんのごはん、季節の野菜をつかったごはん、そしてスパイスを使ったカレーやインド料理を日々作りつつ、さらなるうまうまを目指しております。