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泣き小面

怪談師仲間のさる。さんから聞いた話

さる。さん、物心ついた時にはしっかりすっかりオカルト好きという方だったので、昔からオカルト界隈に知り合いが多かった。

その縁のひとつに、とある老舗心霊サイト管理人のTさんがいた。怪談やいわく付きの美術品を集める、蒐集家だ。

しかし、このTさんはもう高齢のため、自分のコレクションを手放すことにした。でも、ただ手放すには忍びなくて、欲しい方に譲ろうと考えた。

親しい友人に声をかけていく中で、さる。さんにも声がかかった。
ある秋の日に家に行ってみると、お宝ともいえるオカルト品の山。
美術品としても価値のあるものもたくさんあった。
でも、確かにどれも見事なものだが、食指がわかない。

そんなさる。さんの様子を見てか、Tさんが一つの箱を取り出して、中身を見せてくれた。
中には、能面にしては素朴な作りの顔の面があった。
神楽面だろうか。いわゆる小面(こおもて)と呼ばれる女性の面だ。
古いせいなのか、だいぶ煤けているし、黄ばんでいた。
火事で燃え残った面を前の持ち主が手に入れたらしかった。

「これは泣き面でね、元の持ち主の家では毎晩泣いていたそうだよ。」
飾ると毎晩シクシクと、悲しげに泣くらしい。
それで、持ち主が気味悪がってTさんに譲った。
しかし、Tさんの家では飾らずに仕舞い込んでいたため、泣いたことはないそうだ。
真偽の程がわからない面。
でも、その面はなんだかとても興味がそそられた。
「このお面、欲しいです」
結局、さる。さんはその小面(こおもて)だけをもらい、帰途に着いた。

家に帰って、彼はその小面を部屋の鴨居に飾った。
ああ、これで部屋も華やかだなあ、と思った。
飾れば泣くらしいのに怖くなかったのか、と問われれば、怖くなかった。
何故ならば、さる。さんは夜勤の仕事をしているから。
毎晩泣いたところで、彼は一切わからない。

仕事が忙しく、部屋に飾ったままの生活がしばらく続いた。
ある日、夜勤明けで帰ると、同居している兄が起きていた。
同居している割には生活時間帯が合わず、顔を合わせるのは珍しい。
そして、ずいぶんイライラした顔をしている。

おはようと朝の挨拶をする前に、兄はさる。さんに苦情を言った。
「お前、テレビの電源切ってけよ!
 しくしくうるさくて、寝るに寝られなかっただろうが!」
聞けば、夜中中、兄の部屋の隣であるさる。さんの部屋から、泣き声らしきものが聞こえたというのだ。
「どうせ女が出てくるようなオカルトやら心霊番組やら見て、消し忘れかリモコンが入ったか知らないが、迷惑だ!」
兄は心霊番組の類が大嫌いだし信じていなかった。さる。さんが見るテレビ番組などは絶対に見ないし、ビデオパッケージを見るのすら嫌なのだ。
だから、そんな兄はさる。さんの部屋に入らないし、心霊的な嘘をつくことは絶対にない。 

さる。さんはまさかと思いつつ、とりあえず兄に詫びて、自分の部屋に戻った。
部屋に入るとすぐに電源コードを確認した。
彼は待機電力オフのために、自分が出かけるときにはテレビやビデオデッキ類は基本的にコンセントから抜く習慣があった。確認したら、やはり電源は抜かれている。
これであれば、誤ってリモコンが作動したとか、予約で電源が入ったなどということはない。
と、すると…?
さる。さんは、飾られた小面を見て、もしやと思った。

それからさる。さんは、検証も兼ねて毎晩きちんと電源を抜き、女の声がする訳がない環境を整えてから夜勤に出かけた。
そして、帰宅後に度々、兄から「女の泣き声がするような番組を見るな」と苦情を浴びた。
このお面は本物だ、とさる。さんは嬉しくなった。 

その年の暮れ、彼はひょんなことから駆け出しのお面作家と知り合い、一枚の狐の面を購入した。
習作だからと破格値で購入したそれを持ち帰り、あの小面の横に飾った。
これでさらに華やかになったなあ、などと呑気に思った。

年が明けて初めての夜勤明け。
帰宅すると、兄が起きていた。また苦情でも言われるのか、と思ったら、兄がとても不思議そうな顔をして尋ねた。
「お前、見る番組の趣味、変わったのか?」
何を言い出したかと思って聞けば、「お前の部屋から韓流ドラマの音がする」というのだ。
詳しい話を確認すると、女二人がぺちゃくちゃと、韓流ドラマさながらにガールズトークを繰り広げていたという。
何を話しているかは聞き取れなかったが、さも楽しそうな声だったらしい。
兄はうるさかったが、泣き声よりはマシだと言った。

そう言われても、さる。さんは全く身に覚えがない。
部屋にあるのは、小面と最近買った狐の面。それ以外、何も変わらない。

まさかと思い、彼はお面作家に連絡をした。
そして、自分のこの体験を語ることなく、お面作家に尋ねた。
「あの狐面、性別あったりします?もしかして女の子ですか?」
変な質問だから、相手に引かれることも考えられた。
だが
「よく分かりましたね、あの子、女の子の狐なんですよー」
お面作家はこともなげにそう返した。

その後、さる。さんはお面作家にこの一連の話をした。
お面作家は面白がって、その小面が神楽面であることを調べ、さらによく似た面が櫛名田比売として着けられていたことを見つけた。
櫛名田比売とは素戔嗚尊の妻である。
この小面は少なくとも対となる面があったと考えられた。

対を火事で亡くした小面は寂しがって毎夜泣いていた。
しかし、新たな面がそばにきたことで、小面は寂しくなくなった。
だから、もう泣かなくて良いのだ。
その代わりに、さる。さんの家では、お面2枚のガールズトークが繰り広げられることとなった。


余談だが、この駆け出しのお面作家というのが私であり、私の本名は櫛名田比売に纏わる名前である。
世の中、不思議な縁があるものだと考えさせられた話だった。


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