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日記⑥(2019.08.21)

 B10出口を出ると、飛沫がひどく、それだけでいくつもの雨の染みができた。屋根の一歩外は大きな水溜まりで、目の高さにそれがあったときの迫力は、都心なのに自然を感じたほどだった。

 後がつかえていたので、水溜まりをぎりぎりよけて頼りない折りたたみ傘をさして、目的地をもとから入っている地図アプリで検索すると、どうも別の出口からの方が近いらしかったから、ぼくと枝はそこからまた地下へと戻ることにした。

 突然の大雨(枝はちゃんと予報を観てきたのだと言い張るが)で、地下通路はひどく混み合っていた。最初にいた喫茶店はビルの中にあったからそのままここへ降りられたが、ぼくが今行こうとしているのはその反対側で、出口も途中までしかないようだった。パンケーキを食べたとはいえそこそこの時間が経っていたから、地下で通りすがった飲食店の誘惑をなんとかやり過ごしていた。

 目的地に一番近いのはC6出口だった。来た道を戻り始めるも、枝は何も言わなかった。不平不満の一つさえも。ぼくが行こうと言ったらどこにでも来てくれるんじゃないか、なんて不安になった(でもどうしてか、ぼくの周りにはそういう友人ばかりがいる)。

 C6出口の目の前には、水溜まりはなかった。これだけでも大助かりだった。なんだか連れ回している罪悪感を消すために、ぼくはあえて無邪気に振る舞った。
「行こう!」
「はいはい!」
 台詞の割にはノリノリな返事だった。

 勢いにまかせて飛び出るも、予想以上にそれは大粒で、傘は頭を濡らさないためだけにあった。つまり、ズボンの裾はもうそういうデザインなんじゃないかと思わせるほど、見事に変色していた。ぼくたちのほかに通りを歩いていたのはせいぜい、落ちぶれたホスト、小汚いおじさん、くらいなものだった。その誰もより、ぼくらは強かった。
 はっはっは、なんて笑いながら到着した。カインのしるしみたいに、ぼくと枝には美しい水しぶきがはねつけていた。今年で一番、雨が愉しかった。

今まで一度も頂いたことがありません。それほどのものではないということでしょう。それだけに、パイオニアというのは偉大です。