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捨てられない理由 いつか使うかもしれないものに執着する

もうひとつの捨てられない理由に、いつか使うかもしれないものがあります。

しかし、はっきり申し上げます。
「いつか」は、来ないのです。永遠にきません。

ですから、いつか使うかもしれないものは、使う日が来ないものなのです。

来月15日にアメリカに行くのに使うスーツケースは、使うものです。いつか暇がとれたときにアメリカ旅行するために使うかもしれないスーツケースは、使うことのないものです。

しかし、説明されるとごもっともで、理解はできるものの、やっぱり捨てられないのです。

実は、「いつか使うかも」の言葉の裏には、複雑な感情があるのです。

それは、未来への漠然とした不安です。
あるいは、はかない期待です。

「もしかしたら使うかもしれない。そのときなかったら困るかもしれない」、これは不安ですね。

あるいは、「やせたときに着られるかもしれない」。
いつかは来ないのでやせることはないのに、未来に期待するのです。

大勢のお客さんが来たときのためにとってある食器。

そのお客さんが泊まったときに使おうと思っている新品のシーツやタオル。

いつか必要になるかもしれない紙袋コレクションや箱コレクション。

いつか読み返すかもしれない雑誌コレクション。

書類や新聞の切り抜き。

……あげればきりがないですね。

では、なぜ、「いつか」とつくものをとっておくといけないのでしょうか?

その理由は、「いつか」とつくものたちの正体は、不安だからです。

この不安のあらわれであるものに囲まれて、毎日目で見て、心でまた不安に思うと、さらに大きな不安が実現するからなのです。

年を重ねれば重ねるほど、不安は大きくなり、あなたの若々しい生命エネルギーを吸い尽くしていくのです。

『捨てるほど若返る!人生の「そうじ力」』P.86

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