【企画参加 うたスト課題曲H】写真館ツミホロボシ

●不思議な写真館


ふと気がつくと、俺はレトロな雰囲気の店の中に立っていた。

「ここは……?」

配置している照明やレトロなカメラから、おそらくスタジオか何かか?こだわりがあるのか、随分ふる……趣のあるスタジオだ。

なぜこのスタジオに居るのかさっぱり覚えていない俺は、

「何で俺こんな古いスタジオに居るんだ?」

「いらっしゃい、お客さん」

困惑した俺はそう呟いていると、急に声をかけられた。人がいるなんて思わなかった。

「あの、俺。気づいたらこの店に入ってたんですけど」

俺は店主らしき初老の男に慌てて言った。まさか、先ほどの失礼なつぶやきを聞かれていないだろうか。

しかし店主の対応は、俺の予想とは異なっていた。

「気にしなくていいよ。世の中、そういう風にできてるから」

この店主は、何を言っているんだろう?

どういう意味だ……?

俺がぽかんと間の抜けた表情を気にもせず、店主は「さあ、こっちに座って」と席をすすめた。


●ここはどこ?


俺は気がついたら、見知らぬ店でお茶を飲んでいた。

俺が席につくと、まだ10代後半くらいの青年がお茶を運んできたのだ。

「ごゆっくり」

そういって青年は、お茶と角砂糖を置いて、奥の部屋に戻ってしまった。

「いや、俺! 今スマホも財布も何にも持ち合わせないんですけど……!」

「いいよ、これは私からのサービスだから」

「さ、サービスですか」

いいのだろうかと俺が悩んでいると、ははっと店主は笑ってこう言った。

「うちの弟子、写真を撮るのはまだまだなんだけど、お茶を淹れるのは私以上に上手いんだ。せっかく淹れてくれたんだから飲んでいきなさい」

目の前に置かれた温かなお茶を見ながら、俺は気になった言葉についてたずねた。

「写真? ここ、何かのスタジオですか」

「ここは【写真館ツミホロボシ】っていう店さ」

俺は店名を聞いて、反応に困ってしまった。

すごく個性的な名前の写真館で、自分の顔がひきつってしまっていないか心配だ。

俺の反応を特に気にせず、店主はたわいもない様子で話し続ける。

「ずっと昔からある写真館なんだけど、人がすっからかんの店なんだよね。……まあ、お客がたくさん来たら困るからいいんだけど」

なんてやる気のない店主だろうか。仮にもお客になるかもしれない人の前で、そんなことを言ってしまっていいのだろうか。

俺は怪訝そうに店主を見る。

すると店主は角砂糖が入った瓶を俺に見せて、こう聞いた。

「角砂糖はいるかい?」

「じゃあ、角砂糖ひとついただきます」

それにしても俺……。さっきりからなんで、この人に遠慮なく打ち解けているんだろう?

「それで、君はどうしてここに来たのかい? 何か悩み事でもあるのかな」

「はいっ?」

そんなの俺が聞きたい、何故この写真館にいるのか。

「最近、俺のおふくろが病気で亡くなって……」

普通だったら、こんな店主に悩み事など言わないだろう。なんせ、初対面の相手にだ。

しかし、何故か俺は悩み事をぽろっと呟いていた。

「それはつらい出来事だったね。君は大丈夫なのかい?」

「まあ、覚悟していたんで。でも……」

「でも……?」

店主は遠慮なく、俺に話の続きを促す。

「なんも親孝行できなかったなって、最近そんなことばかり頭に浮かぶんです」


●親孝行


「俺、いい大学入って、大手企業に入社して、いっぱい仕事をこなして稼ぐのがいいことだって思ってたんです」

俺は堰を切ったように話し続ける。

「それで素敵な奥さんと結婚して、子ども作って、おふくろに奥さんと子どもを連れて会いに行くんだって……」

「俺、おふくろの体調が悪いだなんて、……全然知らなかった」

「君は後悔しているのかい?」

「後悔、そうですね。俺は後悔しているんだと思います」

「大丈夫。君は大丈夫だよ」

「これからお母さんの墓参りに行って、いっぱい君自身が幸せになればお母さんはきっと喜ぶ」

「でもおふくろに親孝行してこなかったのに、俺ばっかり幸せになっていいんですかね」

「自分を自分で貶めるようなことを言ってはいけないよ。その言葉はそっくりそのまま自分に返ってくるからね」

自分に返ってくる? どういう意味だろう。

俺が困った顔をしているのを見て、店主は悲しそうにこう言った。

「君は自分を大事にしてこなかったんだね」


●写真を一枚


「そうだ、君よかったら写真を撮っていかないかい」

「えっ? あの……、今の話の流れで何でそうなるんですか」

やっぱりこの店主は変わった人なのだろうか?

店主はからっとした笑みで、こう言った。

「いい機会だろう。悩みを吐きだして、これから前を向いて一歩踏み出すための記念みたいなものさ」

写真を撮るのに、ぜんぜん理屈が通っていない。

でも、何故だろう。胸の奥が少し軽くなった気がする。

「これから自分を大事にして、お母さんに親孝行するために。はい! お客さん。一枚撮るよ」

パシャッ

カメラのフラッシュを浴びた瞬間、一瞬おふくろの笑った姿が見えた気がした。

店主は嬉しそうに笑ってこう言った。

「いい写真が撮れたよ。お疲れ様」

しかし、店主の言葉は耳を通り過ぎる。

おふくろの笑った顔が頭から離れない。

「さあ、君を呼んでるよ。元の世界に帰るんだ」

店主はそう言って、店の入り口のドアを開けた。


●後悔は消えた……?


「店長、この前来たお客さんなんですけど。最近、後悔が消えたみたいですよ」

ほらっと若い弟子が壁を指指す。

写真をかけた部分が、ちょうど焦げたような跡になっている。

「最近お子さんが産まれたそうで、お母さんのところに家族で行ったみたいです」

「ふふっ、幸せそうでよかった」

私は写真が焦げた跡を指でなぞった。

「店長。この仕事って、いつ終わるんですかね?」

「なんだい、急に」

「だって! お客さんがひとりずつ来るけど、絶え間なく来て後悔を写真に現像していくんですよ。この作業の終わりが見えないなあって思いまして」

「終わり……。たぶん私が満足するまでかな」

「たぶんって、何も分からずにこんな仕事をしているんですか?」

「うん、気づいたらここの店長を任されていたし」

「店長って、変わってますね」

弟子に買い出しをお願いして、私は奥の部屋へ向かった。

この部屋は、私以外だれも入れない。

鍵を開け、部屋の中に入る。

部屋の中は所狭しと写真が飾られている。


「私の後悔も……、あとどのくらいで消えるんだろうね」



※  ※  ※

●後書き


このたび、PJ【うたスト開催中3/14まで】さんの『歌からストーリーを』に参加いたしました。

このような創作の機会をいただき、本当に嬉しかったです。ありがとうございます!!

今回創作した作品は、ソーダ・ヒロさんのオリジナル曲「ツミホロボシ」です。

ツミホロボシって聞くとネガティブな印象を受けますが、前向きな気持ちになってほしいなと思いながら執筆しました。

【 正式募集 うたスト 】 歌からストーリー︓歌を聴いて物語を作ろう︕|PJ【うたスト開催中 3/14まで】|note


サポートありがとうございます。