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明日 ③

突然ラジオが鳴り響いた。

ひどいノイズ。アラームとしては最適だった。

そして数秒たち声が聞こえる。

「この世界に生存者はまだいる。
 俺たちはまだ  死んでいない。
 感染者を殺せ。愛する者たちを守るため。 
 終わらせるために。
 世界を作り直そう。これはチャンスだ。
 明日のためには、今日を殺すしかない。
 俺たちは東へ向かう。」

3度、声は繰り返し流れ何事もなかったように、静寂に戻った。

こんなことは今まで一度もなかった。
この世界が変わってから初めての出来事だ。

外を見ると、非感染者の人々がわらわらと外へ出てきている。
東へ向かって移動を始めていた。

驚いた。非感染者がこんなにも多いことに。
そしてこの街にはこんなにも隠れていたことに。
なぜ今まで一度もすれ違うことも対面することもなかったのか。
疑問に思うほど、多くの人が東へと移動を開始していた。

老若男女問わず多くの人が移動している。
彼ら彼女らに非感染者を殺す覚悟があるのだろうか。
そんなことは微塵も考えていないのだろうか。
目の前の希望に、必死で縋りついてるようで嫌悪感が身体中から湧き出る。
彼らは東へと必死に移動している。
小走りしている人や、歩いている人。
久しぶりに会った非感染者と雑談をして笑顔の人すらいる。

少し殺意がわいた。

感染者に

ではない。この希望に満ち溢れた顔をしている非感染者のほうにだ。

僕は今まで孤独だと思っていた。
この世界にもう人はいないと心の中で決めつけていたし、
絶望しないように必死に目をそらし続けていた。

なのに、ある日急に出てきたその希望に、人々はすがるように
しかも笑顔で出てきた。

僕の希望はテアだった。彼がこの世界の光だった。
しかし、そんなのは生きるための希望ではない
と否定しているように見えた。

だから腹も立つ。殺意も沸く。

なのに、心のどこかでテア以外の希望にわくわくしている自分がいる。
安堵している自分がいる。情けない自分がいる。

希望を持っている人々にはもちろん殺意がわいている。

しかし、一番殺意が沸くのは紛れもない僕自身にだ。
テアを裏切っている僕自身にだ。

希望の声の主は男であった。強い言葉を使い人々を鼓舞していた。
別にカリスマ性のある声でも、元気を与えるような声でもなかった。
きっと世界が変わる前ならばただのサラリーマンであったかもしれない。

なのにこの世界で環境が変われば、少し頭を使って希望をちらつかせれば
人々はこんなにも元気になれる。優しい言葉や希望の言葉に力がみなぎる。
ほんとは彼は存在しないかもしれない。
希望はもうとっくに無くなっているかもしれない。
信じても裏切られて終わるかもしれない。

だから僕も人々の列に参加する。
ともに東へ向かう。
この世界に希望を提示してきた
彼に会うために。
僕の世界を明日へ導こうとしている
彼に会うために。

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