猫カフェ (短編小説)


「ここが新しくできた猫カフェか」
 東京吉祥寺にできた猫カフェ『ikoi no heya』。入り口にある看板には、「猫アレルギーの方でも歓迎です!」と書かれている。
「猫カフェなのに? どういうこと?」
 俺は気になって、一人でその店に入ってみた。
「いらっしゃいませ!」
 元気な大学生くらいの女性が出迎えてくれる。
「お一人様ですか?」
「ああ、はい。そうです」
「では、こちらの席どうぞ」
 俺が案内されたのは、六畳ほどの個室だった。そこはなぜか和室で、足の低いちゃぶ台に、せんだみつおのポスターが貼ってある。
「すみません、今この部屋しか空いていないのですが、よろしいでしょうか?」
「あ、はい。かまいませんけど」
「ありがとうございます! この部屋は、昭和をイメージした部屋なんです。店長曰く、ノスタルジーを感じてほしいとのことです」
 ちゃぶ台の上には、『男はつらいよ』のビデオに、線の繋がっていない黒電話がある。
「俺、平成生まれなんですけどね」
「そうですよねえ。ノスタルジー、感じませんよねえ」
 ハハハ。その女性はなぜか高笑いをしている。何が面白いのか全くわからないが、とりあえず俺は靴を脱いで座布団の上に座る。
「今日はご来店誠にありがとうございます。当店のご利用は初めてでしょうか?」
「はい。初めてですね」
「ありがとうございます。当店、完全個室制になっておりまして、誰にも見られずに猫ちゃんと戯れることができます。ワンドリンクオーダー制で、時間は六十分です。ドリンクの追加注文はテーブルの上にございますインターホンを押してくださいね」
「わかりました」
「それでは、今から猫ちゃんを連れてきますので、少々お待ちくださいませ」
 失礼します。そう言って、店員は去っていく。
「男はつらいよなんて見たことねえよ」
 おもむろに天井を見上げると、なぜか若き南野陽子さんのグラビアポスターが貼ってある。
「なんじゃこれ」
 そう言えば料金も調べずに入ってしまったが、いったいいくらかかるのだろうか。携帯で調べようとすると、ガラガラど引き戸が開いた。
「すみません、お待たせいたしました!」
 ニャー 。可愛らしい、猫の声。ん? 
「え?」
「こちらが白猫のメイちゃんです」
 その猫、いや、俺は三度見したが、それは明らかに猫ではない。
「いや、これって」
「では、失礼します」
「ちょっと待ってくださいよ」
 止めざるを得ない、カオスな状況。俺は目の前にいる『大きすぎる猫』を見て、思わず突っ込んでしまった。
「これ、猫じゃないですよね?」
 しかし、店員はきょとんとした顔をしたままだった。
「え、猫ですけど」
「いやいや、猫じゃないでしょう。え? バリバリの人間ですよね」
 俺の目の前にいるのは猫ではない。『猫のコスプレをした人間』だった。
「いやあ、きちんとした白猫ですけどね」
「白猫って、ただ白い格好をして、白い猫耳つけているだけでしょ」
「にゃー。にゃー」
 やる気のない、猫風の声。
「ほら、きちんと鳴いているじゃないですか。お客様、彼女は猫ですよ」
「いや、彼女って言っちゃってるじゃん。え、どういうことですか?」
 店員の女性は少し戸惑った表情を見せる。え、なんで? 俺の疑問は膨らむばかりだ。
「んー、当店はですね、夢を求めた猫カフェなんです」
「は? 夢?」
「はい。お客様は一度くらい、猫とお話ししたいと思うことはありますよね?」
 ……。
「いや、ないですけど」
「この店では、そんな願いを叶えるために、猫を進化させたのです」
「え、これは進化なんですか?」
「はい。つまり彼女は元々猫なんですよ。彼女は使命を持って人間風に進化した猫なんですよ!」
 なんだ、この説得力のない熱弁は。
「にゃー。にゃー」
「遊んでほしいって言っていますよ」
「え、嘘でしょう? というかこれ、倫理的に問題だと思いますけど」
 しかし、またしても店員は腑に落ちない顔をしている。
「いやあ、そうですかねえ?」
「にゃー。にゃー」
 なんだこいつ。
「とにかく、今日はせっかくお金を支払っているわけですから、この猫ちゃんと遊んでいってくださいよ」
「いや、でもなあ……」
「にゃー、にゃー」
 微妙に可愛いのが、ムカつく。
「では、失礼しますね」
 店員が去っていき、俺は白猫風の人間と二人きりにされる。
「いや、こういうのは秋葉原でやれよ」
 白猫風の人間は、四つん這いで俺に近づいてくる。
「にゃー」
「……。あくまでも、そのキャラでいくんだな?」
「にゃ」
 うなずく。時給、いいのかな。
「え、これって頭撫でていいの?」
「にゃ」
 うなずく。まじか。俺はそおっと彼女の頭を撫でてみる。もちろん、人間の髪だ。それも、女性のサラサラした綺麗な髪。
「これは、まずいだろう」
 まずい。このままだと俺の理性がぶっ壊れてしまう。
「やっぱりダメだ」
「にゃー?」
「これはいけない。なんか、いかがわしい」
 だが、白猫と化した人間は、俺の膝をサスサスしてくる。まずい、まずい、まずいだろ!


「楽しんでいただけましたか?」
 会計時、先ほどの店員がニヤケながら俺に言った。
「まあ、そうですね」
「ありがとうございます。この店、リピーターが多いんですよ」
 だろうな。あんなに『ふれあい』ができるのなら、行ってしまう愚かな男が続出するに決まっている。
「ああ、お会計一万二千円です」
「猫カフェで、一万二千円……」
 他なら明らかなボッタクリだ。だが、俺は躊躇なく財布を開いてしまう。感覚がぶっ壊れてしまったようで、安いとすら思えてしまっている。
「はい、ありがとうございます。ポイントカードをお作りいたしますか?」
「ポイントカードですか?」
「はい。一回ご来店につき、一つスタンプを押します。十個溜まると一回無料になりますね。いかがですか?」
 また、俺はここに来るのだろうか? 来たらいけないと止める、良心を持つ俺がいる。一回一万二千円だぞ。
 しかし、次の瞬間その俺の頭に銃弾が当たり、倒れて血だらけになる。銃口から出る煙にフッと息をかけるのは、常連になりたがっている俺だった。
「じゃあ、お願いします」
「ありがとうございます!」
 店員は、今日一番の笑顔で俺に微笑んだ。

 
 

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