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『バースデイ』(2000字のドラマ応募作品)



 もう、二十四か。いや、まだ二十四しか生きていないのか。時々、自分の年齢が分からなくなるときがある。ただ、少なくとも若者である自覚はない。渋谷に行っても原宿に行っても、僕は反発して浮遊してしまう。
 新卒で入った会社を早々に辞めて、今は東京を離脱して地元でのんびりと暮らしている。車を走らせながら、大好きな青空を見上げる日々。たまに美味しいものを食べて、サッカーを見てゴールに拍手して、ミスチルを聴いて癒される日々。
「お前は昔からコミュニケーションが苦手で、意味もなく嫌われることもあったな」
 突然脳裏に浮かんできた、過去の僕が水道橋の駅のベンチでコーヒーを飲みながら言った。
「だからずっと一人でいたんだろう? 誰かと一緒にいると、疲れちゃうから」
 今の僕は「そうだね」とうなずく。
「でも、どこか真面目に生きていないといけないって、まともな人間でいないといけないって、必死にもがいた。大野真澄だって頑張れば社会で通用する。そう思っていたんだろう?」
「そう思わないと、生きている意味がないって思ったからね」
「無理して生きても、結局溢れて崩れるだけだ。自分の限界よりも輝きたくて、自分の価値を高めようとした結果、お前自身のキャパをオーバーしちゃったんだろう。だから適応障害なんて精神的な病になってしまった」
「認められないって辛いもんだからね。僕はきっと目立ちたがり屋だったのかもしれない。だから必死に社会に喰らいついた。でも、適応できる人間とできない人間がいることに気がついた。そして僕は間違いなく後者だった。そういうことだね」
「残念だったな。でも、それが大野真澄って人間の現実なんだ」
 昔から、周りとはどこか波長が合わなかった。周りは黄色いのに、自分は青かった。
「でも、今は生き方を固めたんだろう?」
 過去の僕が問う。
「今は自分ができることをやるだけだよ。どうなってもいいさ。もう、それほど未来には期待していないんだ」
「まあ、頑張れや」
 僕は幻想から解放されて、今はハンドルを握っている。
「誕生日のケーキどうしようか?」
 母親が聞いてくる。
「チョコレートにしようかな。フルーツアレルギーだから」
「わかった」
 草木が生い茂った用水路。寂れて赤錆が目立つガレージ。誰も住んでいない廃墟。青々しい葉が揺れる田園。ここが僕の住む街だ。


 家に帰って、夕飯までの間一人でパソコンに向かっている。新作を描こうと企画を練っているのだが、いつもいつもベタな恋愛小説ばかりで、いいかげんマンネリ化していると危惧する。もう少し現実味のある話を描いてみたいと思うが、構成が上手くいかない。
 外は快晴で、ポカポカした気持ちが部屋にまで充満している。だんだんと頭がぼんやりとしてきて、今日はもう枯渇するアイデアに水をやることを諦める。
「眠いな」
 僕はソファに移動して、目を瞑る。夢の中で素敵な出会いができることを期待して。
「誕生日おめでとう!」
 その声は僕が人生で唯一好きになった女の子だった。顔は小学生くらいで止まっている。
「ありがとう!」
 今の僕がお礼を言うと、彼女は「二十四歳だね」と嬉しそうに言った。
「ここまで生きてこれて、良かったじゃん」
「う、うん」
 まあ、それもそうか。彼女の言葉は僕の心を温めてくれる。
「そういえば、まだ夢はお寿司屋さんなの?」
 小さい頃は魚が好きだったからお寿司屋さんになりたいと思っていた。ただ、そんな夢も遥か遠くへ消えてしまった。
「いや、その夢はもうないよ」
「じゃあ、舞台俳優? 声優だっけ?」
 そんな夢もあった。やっぱり目立ちたかったのかなと思う。
「それもとっくの昔に諦めたよ。というか、大して追ったこともなかったな」
「じゃあ、今は夢がないの?」
 夢。追うことすらおこがましいと思ったこともあったが、今は淡い夢を持っている。
「そうだね。何か書いて人の心に残せる人間になりたいかな」
「へえ、そうなんだ。いいじゃん」
 彼女は僕を肯定して、蝋燭に火をつけていく。
「じゃあ、今日はあなたの夢がはっきりと決まった記念日として、お祝いしよう!」
「ありがとう」
 彼女は高らかに歌を歌い、僕はその声に酔いしれる。そしてそのまま身体が宙に浮くみたいにフワフワして、意識が遠のいていく。


 目を覚ますと、すでに日が暮れていた。
 今日は過去の自分や懐かしい女の子と出会い、どこか不思議な気分だった。そして彼らは共に僕の未来を応援してくれた。自分のペースで頑張れよ。過去からそんなことを言われている気がする。
 誰かに認められようと真面目に生きてきた過去と、自分のペースで生きることにした未来。
「真澄、夕飯にしよう」
「うん、分かった」
 二十四になった僕は、新たな一歩を踏み出す。


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