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箱庭の箱を壊す (ショートショート)

 僕が生きる世界は狭い。わずかな人間関係、インスタントばかりの偏食生活、趣味もダラダラYouTubeみたりする程度で、つまらない。

 だから、箱庭の箱を壊すように、僕の周りにある壁を壊してみた。

 一人の男と出会った。彼は革命。ペティナイフを後ろポケットに忍ばせて、いつだって「チェンジ・ザ・ワールド」が合言葉。

 僕は彼と友達になった。僕も「チェンジ・ザ・ワールド」と叫んでみた。心の中にあったモヤモヤが霧消していく感覚が、愛おしかった。

 ほどなくして、革命を起こしたかった彼は捕まった。人を殺めたらしい。僕はまた一人になった。

 しかし、僕の箱庭はもう壊れている。戻る場所などなかった。

 しばらくして、僕は一人の女と出会った。彼女はチャイナブルーが好きで、僕よりも随分歳上だった。だから恋愛関係にはならないって勘違いしていたけど、彼女は僕を気に入ったらしく、僕と性愛を紡ぎたいと言った。

 彼女は自分の過去を話した。そこには独りの男がいて、それはそれは本当にどうしようもなく、だらしない男だった。彼は競馬やパチンコなどのギャンブルに溺れて、そのうち泡になってしまったらしい。

 彼女は寂しいと言った。一人は寂しいと。だから僕がそばにいることにした。僕も孤独だったから、一緒にいたいと思った。

 だがほどなくして、彼女も泡になってしまった。書置された手紙には一言、「忘れ得ぬ人がいる」と書かれていた。結局、僕と彼女が交わる事は一度もなかった。

 そのうち、僕は家出少年と出会った。彼はとてもお腹が空いたというから、僕が浅草でハンバーグを奢った。

 話を聞くと、彼の両親は離婚してしまい、彼自身は母の方へ行った。しかし彼は父親のことも好きだったから、もう一度やり直してほしいと懇願したらしい。それでも母は彼をビンタするだけだったし、父の元へ行っても、やはりビンタされるだけだった。だから彼は家を出たらしい。

 僕は彼と電車に乗って、海へと出かけた。穏やかで、何もしてこない海へ。そこでひとしきり、二人で海を見た。

「僕が生きる世界は狭かった。だから箱庭の箱を壊したんだ」

 それが彼の意識にどれほど響いたのか、僕は知らない。ただ、彼は「ありがとう」と言って、僕の元を去った。

 それからも、僕の周りにはたった一人の旅人が来ては、いつの日か離れていった。僕は来るものを拒まず、彼らのそばにいる。そして彼らが消えていくのを見送る。それしかできなかった。

 僕自身、結局はつまらない人間なんだろう。だから、僕の周りで定住する人はいない。それでも、僕には戻る場所がない。壊れた箱庭はとっくに朽ち果てているに違いない。

「チェンジ・ザ・ワールド」

 何も変わらない世界を憂いた革命家は、今や英雄と呼ばれているらしい。今日もどこかで、彼を慕った誰かが革命を起こそうとしている。そして、泡になる。

 僕はポッケにしまってあった煙草に火を灯し、出会ってきた人々を想いながら、煙を吐く。


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