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幼馴染『Night Walker』
この街は、夜になると浮かれる。ワイワイと騒ぐ学生たちに、酔っぱらったサラリーマン。ディナー帰りのマザーたちもちょこちょこいる。ギターを弾く女性に投げ銭する若者、ラップバトルをするガキ、道端でバク転をする馬鹿。豊富な飯屋と似て、人間たちも多種多様だ。
その中でも、俺は凡人大学生だろうか。味気ないジャンバーに黒いリュック、安定のチノパン。耳にイヤホンをつけて『back number』を聴いている。この街を彷徨っている彼らは人生を謳歌しているが、俺はそうでもない。別に不幸ってわけでもないが、それほど愉しくもない。たまに友人たちと飲みに行くか、バイトをして金を稼ぐか。あるいは地元のサッカーチームを応援するか。荒波立たない平穏な生活を送り続けている。
過去に付き合った女の子は一人だけ。それも、中学まで学校が一緒だった幼馴染みと半年だけ。キスまではしたが、それ以降は未経験だった。関係は高校入学を機に自然消滅した。
彼女は今、何をしているだろうか。
なんて昔の彼女を思い出したから、俺に天罰が下ったらしい。それも、特大級の稲妻だった。
「芽実、何してんだ?」
見たくなかった。大学生になったはずの幼馴染みが、高校の制服を着ている姿なんて。
「あ、凛」
それ以上、芽実は声が出なかった。そして俺も声が出なかった。乾燥する喉と、渇く心。何が起こっているのかわからないまま、時だけは過ぎていった。
「いや、なんで制服なん?」
訳わからない言葉で訳わからない状況を問いただしても、芽実は返事をしない。
「コスプレ?」
そんなわけないのに、俺はずっと尋ねている。
「言えない」
「言えない?」
「言えない」
知られたくないと、芽実は俺から目線を逸らす。しかし、逃げない。駅前にあるオブジェの前で、芽実はじっと待ち続けている。
「待ち合わせか」
「まあ、そんなところ」
「高校生のフリして」
そこまで俺が言ってしまえば、すべては明確になってしまうかもしれなかった。大学生なのに制服を着た女の子が夜の街で待ち合わせ。
「あなたには関係ないから」
芽実の反応のせいで、すべては明確になってしまった。酒なんて飲んでいないくせに、顔は真っ赤だった。
「関係ないって、本気で言っている?」
どうしたいのか、俺もよくわからなかった。今日はわからないことばかりだと、俺は苛立つ。
「私は、好きでやってるの。好きでこの格好をして、好きでここに立っているの。だから、あなたには関係ない」
「俺は、過去の人間か?」
「いや、そういうわけじゃないけど。でも、これとは関係ない」
「これっていうのは、パパ活か?」
俺の感情は怒りに変わっていた。しかしそれは芽実に対する怒りではなかった。パパ活をする芽実を救えそうにない俺自身への怒りだった。
「芽実、幼馴染みの戯言だと思ってもらって構わない。だけど、俺はあえて言いたい。正直、俺は辛い」
もう、俺たちは大人だ。生き方なんて勝手にすればいい。だが、俺には割り切れない過去があった。芽実と過ごした淡い青春を一ミリも汚したくなかった。俺にとっての芽実は、純白であり続けてほしかった。
「ごめんな、変なことを言って。じゃあ、また」
俺はすぐにこの街へと視線を移し、芽実の前から去った。もし、ここで芽実の手を引っ張ってこの街を彷徨うことができたら、どれだけ幸せだっただろうか。
しかし、俺は凡人大学生だ。そして、普通を好んでしまう。だからパパ活をする幼馴染みを見捨ててしまった。言いたいことだけ言って、自分だけ正当化して逃げてしまう弱者だった。
その日眠った後、俺は一つの夢を見た。そこに出てきた芽実の格好は、かつて俺が好きだった頃によく来ていたジャージ姿だった。
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