見出し画像

『花たむけて、巡り逢う』 ④

「あの、八木さん」
 僕はもう一方の真実を知っている。八木さんが知らない慎司くんの心を。
「なんでしょうか」
「僕、慎司くんが後悔していたことを知っています」
「後悔、ですか?」
「はい。僕と遊んでいたとき、ふと言ったんです。どうしてあいつと喧嘩しちゃったんだろうって。突っぱねることなく、もう少しあいつに寄り添ってあげればよかったって」
「でも、あのときバドミントンを辞めたから、慎司はレンさんみたいな素敵な友人と巡り逢うことができました。それは変えようがない事実です。そして、彼はそれを望んだからバドミントンの世界へは戻ってこなかった」
 その通りだ。もし慎司くんが八木さんの言う通りバドミントンを続けていたら、僕と慎司くんが出逢うことはなかっただろう。慎司くんは後悔を述べた後で、僕に向かって緩やかな笑みを浮かべて言った言葉があった。
『まあ、バドミントンを辞めたからお前と出逢えたんだけどな』
 八木さんは、慎司くんを引き止められなかったことをきっかけに仲が悪くなった。ただ、僕はそのおかげで慎司くんと仲良くなった。だけど、慎司くんは八木さんと拗れてしまった関係を修復したいと願っていた。それでも、最後まで勇気を振り絞ることはできなかった。なぜだか、僕にはわかる気がする。
「慎司くんこそ、とてもやさしい男でした」
 八木さんも何度もうなずいてくれる。
「わたしも、同じことを思っています」
「慎司くんはどっちとも仲良くしていたかった。でも、一歩先へ踏み込んでしまうと、どちらかとの関係が崩れてしまうかもしれない。もちろん、そのままにしておいても関係は悪化したまま。慎司くんはやさしいが故に、どちらか一方に傾くことを恐れてしまったのかもしれません。目の前にいる僕も好きで、だけど古き良き友人を手放したくなくて。ごめんなさい。僕のせいで二人を苦しめてしまいました」
 僕のせいで。僕のせいで、やさしい二人は永遠の喧嘩別れをしてしまった。
「いや、わたしがもっと寛容になればよかっただけです。レンさん、あなたは何も悪くありません。すべての原因はわたしです。わたしが変わりゆく慎司を認めることができなかったから、彼を不本意に傷つけてしまった。本当は、ずっと友達でいたかっただけなのに」
 八木さんは陽だまりに頬を照らして、悲しみの果てにある感情を口にした。
「もう一度、慎司に逢いたい」
 僕も、もう一度慎司くんに逢いたい。だけど、もう逢うことができない。それが僕らに与えられた、意地悪な宿命。
「レンさん」
 八木さんが僕を見る。すっかり目を赤くして、痩せた頬を濡らして。
「過去を変えることはできません。しかし、未来を明るくすることはできると思っています」
「そうですね。僕もそう思います」
「慎司がどう思っているか、わたしにはわかりません。ただ、今日という特別な日にレンさんと出逢えたことは、彼が巡り逢わせてくれたのだと思っています」
「僕らは、彼によってここへと導かれた」
 僕が小さく言うと、「そうですね」と少し表情を緩ませる。
「レンさん。これから僕と友達になってくれませんか? それが、慎司が望むことのような気がします」
 僕は今日、慎司くんに花をたむけるためにこの場所へたどり着いた。しかし本当は、僕が知らなかった世界を見るために慎司くんが僕を引っ張ってきてくれたのかもしれない。巡り逢う。素敵な言葉だった。
「はい。もちろんです」
「ありがとうございます」
 八木さんは座りながら深々と礼をした後、僕に手を差し出してきた。僕はそれを取って、固い握手を交わした。
 この日を境に、僕にとって晴天が麗かで大切な色になった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?