路地(ショートショート)
一人、路地を歩く。何も考えず、ただひたすらに。
一匹、猫が通る。彼もまた、何も考えずひたすらに生きる。
彼らはお互い黙っているように見える。しかし、挨拶している。
「おはよう、白い猫」
「おはよう、暇人」
一人、路地で煙草を吸う。バレないように、ひっそりと。
一匹、猫が近寄る。彼は吸えないが、たむろする。
「やあ、白い猫」
「よう、暇人。今日も暇か」
「暇だ。社会は騒がしいってのに、俺は暇だ」
「お前も忙しくしてみるといい。そしたら、暇人なんてあだ名止めてやる」
一人、首を横に振る。
「俺はね、生まれてこの方ずっと暇なんだ。喧騒とは無縁。故に、社会とも無縁。この街でただひたすらに生きるだけだ」
「まるで猫みたいだな」
「そうだな。俺は人間の顔した猫かもしれんな。だから、君とも会話ができる」
「みんなと違って、悲しいかい?」
「どうだろうな。俺はそもそも、彼らみたいに生きたことがないから、忙しいって感覚がどれだけのものか想像もつかない。ただ、端から見ている限りじゃ、彼らのようになりたいと思えないな」
「そうかい。なら、ここにいればいい」
「偉そうな猫だな。ここは俺の居場所だ」
「知らん」
一人、路地に咲く雑草をぼんやりと眺める。団子を食いながら。
一匹、今日もつまらんと思いながら、路地を通る。
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