かりそめのレインボー (短編小説)




 ひどい土砂降りの後で、パッとお空が晴れることがある。すると端切れに、かりそめの虹がかかることもある。
「七色無いな。青と紫と、なんだあの色」
 僕の目は調子が悪かったのか、それともSF映画の見過ぎだからか、虹の一部がなぜだか金色っぽく輝いている。
「変だ。だけど愉快だ」
 退屈していた僕は少しだけ嬉々する。そして、目の前にあった水溜りにダイブする。
 意識が変換される。そこは海底。艶かしい深海魚がたくさん泳いでいる。僕はその名をほとんど知らない。
 ただ、一匹だけ知っている。シーラカンス。深い海に沈む化石。そいつが僕に言った。
「人は幻想を信じてこそ幸せになるのかもしれない」と。
 それはそうだろう。現実は基本ここよりも暗い。だから夢へ逃げる。今の僕だって、きっとそうだ。
「僕は幻想を夢に書き直して、それを実現させたいね」
 シーラカンスは僕の発言に笑って、「なら、そうすればいいさ」と背中を押してくれた。
 ぶくぶくぶく。泡が立ち、僕は浮上する。
 虹は、もうなかった。だけど足元に一輪の花があった。弱々しいけど、立派に咲き誇る花。多分、この世界の穢れを知らない、純粋な気持ち。僕には無い感情。
 酷く悲しくなる。それでもお空に虹がかかる。なぜか知らないけど、いつもとは違う色を映す。それは決まって、悲しみの後だ。
「今度は、ピンク色か」
 濁りのない、一色だけの虹。色は桜の花びら。素敵だ。そして温かい。
 僕は感じる。これが幻想。そして夢の先にある光。
 今日もどこかで戦争をする人間がいる。どこかで誰かが死に、誰かが悲しむ。正義をかざす人間が正義を守る人間を殺す。どちらにも自分の信じる哲学がある。だからこそ命を懸ける。血を流しても、何かを守ろうとする。
 平和なんて一度も訪れたことはない。それなら、この先の未来で描けたらいい。なんて空想を描く。
 春の風が吹く。生暖かい。僕は確信する。これからきっと良い世界になる。
 目の前にあった水溜りは、すでに蒸発して無くなっていた。

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