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終春(夏のまにまに)




 春が終わった。
 そんなこと、誰だって知っている。
 桜が散った。
 そんなこと、誰だって知っている。
 新しい季節だ。
 そうやって前向きに生きようとする。
 だけど何も変わっちゃいない。
 僕の周りは常に動き続けている。

 ボロボロになったランドセル。
 色褪せた体操着。
 使い古した上履き。
 ずっとお世話になった財布。
 すべてがいずれは終わるモノ。
 そのうち、僕の人生も終わるだろうけど
 ありがとうと言って捨ててもらえるだろうか。
 そのとき一ミリでも生きた証を残せるだろうか。

 夜空に花が咲く。
 すなわち花火が上がる。
 祭りが開かれる。
 浴衣を着た誰かが踊る。
 綿飴が生産される。
 酒が地面に溢れていく。
 すべてがどうでも良くなる。
 花火もまた 消えていく運命。

 欲を言えばもっと立派な人間でありたかった。
 社会に交わって生きることをしたかった。
 スーツを着て日比谷まで出勤したかった。
 花火を見て「玉屋」と叫びたかった。
 最初から失っていた、人間としての常識。
 あるいは価値観、共感、シグナル。
 僕は決定的にズレが生じている。
 それでも、ベランダに出て花火を見つめる。

 春が終わるように、人生も終わる。
 そんなことを繰り返すから
 僕はいつか死んでしまうのだろう。
 花火が夜風に紛れる。
 僕はまだ生きている。
 死にゆく運命と僅かな孤独を抱えて。
 唯一無二という言葉を信じて。
 今年も、春が終わった。

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