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クレープマジック『Night Walker』




 最近、自動販売機にも多様性が育まれている。ラーメンとか、餃子とか、お好み焼きを売っている自動販売機もある。以前、SAでは見たことがあったが、街中で見かけるようになったのは最近かもしれない。

 それでもって、ついにというか、この街にもクレープの自動販売機ができたようだ。仕事帰りに街を歩いていて、ふと横を見たらそれがあった。夜の街に煌々と光る自販機の色は、ショッキングピンクだった。

「まじか」

 俺は思わず独り言を呟いてしまった。それから、「ここは原宿かよ」とも。

 近づいてみると、『チョコバナナクレープ』『ホイップアンドカスタードクリームクレープ』『ストロベリークレープ』など十種類ほどあり、大体はワンコインで買えるようだった。

 家に帰ったら、妻が夕飯の支度をして待っていることは知っている。知っているが、ド派手な自動販売機が示すエモーショナルな「クレープ、美味しいよ!」という言葉に、俺は勝てなかった。

 俺は一番人気だという『チョコバナナクレープ』を購入し、ラップで包装されたクレープを取り出し口から取った。お店で売っているクレープよりはコンパクトだが、ラップを剥いて一口食べてみると、クレープの皮が俺の舌を優しく撫でてくれた。加えてチョコの甘さがバナナを活かし、ふわふわとしたホイップクリームがその全てを包んでいた。

 これぞ贅沢。これぞ幸福。クレープなど、最後に息子と食べてから十年以上食べていなかったが、今日は欲望に従って良かったと思った。

「おじさん、めっちゃ美味そうに食うじゃん」

 その声で気がつくと、隣にブレザーを着た餓鬼がいた。いつからいたのか、彼はまるでスポンサーのような分析顔で俺を見ていた。

「まあ、そうだな。美味いからな」
「俺も好きなんだ、このクレープ」

 そう言って、餓鬼(と言っても高校生だが)もクレープを買った。俺と同じ、チョコバナナクレープだった。

「クレープってさ、マジで手軽に買える幸せって感じするじゃん」

 言葉の妙に、俺もうなずく。

「そうだな」
「俺さ、手軽さってこの先すげえ大事だって思うんだよな。何かと便利な時代じゃん」
「たしかに、俺の青年時代とはまるで違うよ。スマートフォンもなければSNSもないし、YouTubeもないんだ。そんな不便な時代なんて、君には想像できないだろう」
「ああ、知らねえよそんな時代は」

 それから餓鬼は俺よりも早くクレープを食べ終えて、「俺さ、夢があるんだ」と唐突に言った。

「夢?」
「ああ。俺さ、母さんが病気なんだよ。だからそのうち死ぬんだってさ」

 あっけらかんという内容ではなかった。俺は思わず彼を凝視する。

「助からないのか?」
「まあ、無理だろうな。もって三ヶ月だな」
「そ、そうか」

 俺は突然の不幸話に気分が沈んでしまった。しかし、どうしてか 彼には希望が滲んでいた。

「だからさ、これからの時代は死んだ人間とも交流できるようにしたいんだ。このクレープみたいに、手軽に。世の中にはアナログとか昔の価値観を大事にしたほうがいいって話すジジイもいるけどさ、俺はもっと便利になって、色々なことが手軽になって、それこそ死生なんて関係ねえ時代になってほしいんだ。生きていようが死んでいようが、みんなが集まれる空間を作る。それが俺の夢だ」

 壮大な夢を抱えた男はクレープのゴミをポケットに突っ込んで、「あばよ、おっさん」と言って去っていった。

「死んだ人に会える、か」

 この街は賑わっているが、空はすっからかんである。俺は星が散りばめられた夜空を見上げて、その果てにいる息子を思い
出す。もしあの男が自身の夢を叶えたら、つまるところ俺の夢も叶うわけだ。もう一度息子に会うという魔法みたいな夢が。

「頑張れよ、少年」

 俺もクレープのゴミをポケットにしまい、そこを二度叩いて、再び歩き出した。

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