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『花たむけて、巡り逢う』 ③

「レンさんは、本当にやさしい方ですね」
 僕が手を合わせ終わると、先に目を開けていた八木さんが微笑みながらそんな温かい言葉をかけてくれた。
「慎司も喜んでいますよ。レンさんみたいに素晴らしい友人がいてくれたことを嬉しく思っているでしょうね」
「それはお互い様ですよ。慎司くんは八木さんのことも素晴らしい友人と思っていました」
 ただ、彼の表情には翳りがかかっている。
「そうだといいですけどね」
 少しお話をしませんか。彼に誘われて、僕はいいですよと答えた。
「近くにベンチがあります。そこでよろしいですか?」
「はい」
 僕は八木さんの後ろをくっついて歩き、所々が錆びて赤茶色になっているベンチに腰をかけた。二人してかけたからか、キキっと嫌な音がした。
「レンさんは、たしか茶道部ですよね?」
「そうです。とは言っても、それほど真面目に活動はしていませんでした。どちらかというと、慎司くんと一緒にパソコン研究会に行って、二人でひたすらゲームをやっていた時間の方が長いです」
「慎司は、たのしそうでしたか?」
 その表現に、僕は少々違和感を抱いた。僕は楽しかった。彼も楽しかった。はずだと思っている。ただ、そうですと言えるだけの確信はなかった。
「先ほども言った通り、わたしと彼は中学校のバドミントン部で出会い、三年間みっちり戦いました。バドミントンはダブルスで戦うこともありますが、わたしも彼もシングルスを主戦場としていましたから、大会でも何度もぶつかっていました。自分で言うのもあれですが、わたしは運動神経には自信がありました。ただ、それ以上に慎司の身体能力は凄まじくて、いわゆる才能を持っている男でした。わたしは運動神経が良いとはいえ、やはり努力を積まなければ彼に勝つことができませんでした。三年間、彼と戦って勝つことだけを目標に頑張ったところもありました。最初は全く歯が立ちませんでしたが、徐々にわたしも勝てるようになり、最後の大会では彼に大してストレート勝ちすることができました。ただ、それがいけなかったのです」
「いけなかった、ですか」
「はい。もしかすると、慎司の中ではすでにバドミントンに対する熱が冷めていたのかもしれません。そこに、あの大会の結果がとどめとなったのでしょう。その後で、彼は高校でバドミントンをやらないと宣言しました」
 それで慎司くんは茶道部に入って、僕と出会った。
「わたしは必死で説得しました。せっかく頑張ってきたんだから高校になってもバドミントンを続けた方がいいと、わたしは何度も言い続けました。しかし、彼の気は変わりませんでした」
 八木さんは悔しさと無念さをあらわにして、一度天を見上げた。変わらず、澄んだ空をしている。僕が嫌いな空の色。
「高校は別になりましたが、それでもわたしたちは時々会って話をしていました。その場でもわたしは何度かバドミントンの話をしていましたが、彼は全く興味を持ってくれませんでした。代わりに彼が話すことは、ゲームの話題ばかりでした。おそらく、レンさんと一緒にやっていたゲームでしょう」
 僕の胸の内がグズグズと痛痒くなる。居心地の悪い職員室にいる気分だ。間違いなくこれから、僕は責められる。
「正直、わたしはレンさんのことを恨んでいました。バドミントンから離れた彼を、ゲームの世界に引きずり込んだと思っていたからです。慎司がレンさんのことを『とてもやさしい』友人と言ったときも、そんなことはないと勝手に否定してしまいました。実はそれが引き金となって、彼とは喧嘩をしてしまいました」
「喧嘩……」
 僕は少し懐かしい記憶を思い出した。あれは桜が散った四月の中旬ごろだった。暗い顔をした慎司に声をかけると、「古い友人と喧嘩した」と悲しそうに言っていたことがあった。
「結局、仲直りができないまま、彼は天へと旅立って行きました。わたしが幼稚だったばかりに、身勝手だったばかりに、彼を傷つけたまま終わってしまいました」
 キチッとした金縁のメガネに、感情が流れて垂れる。八木さんはメガネを外し、「失礼」と目を擦る。何度も、何度も。

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