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【オタク雑記】どうしてオタク感想文を書くのか

最近ちょっとしたことがあって、なんのために自分はオタク感想文書いてるんだっけ?ってふと考えることがありました。
ここで言うオタク感想文っていうのはライブとイベントとかの感想をTwitterだけじゃなくてnoteとかブログにそこそこの長さで書いてるやつです。

オタク感想文を書いてる時というかそれを書こうと思った時って大体そのライブとかがめちゃくちゃ楽しくて感情を揺さぶられた時であり、それをわざわざ時間取ってまで書こうと思えるくらいに良かった時なんですよね。
あのライブであんなに楽しそうにしてたのに感想書いてないやんけ!って言うのは無しでお願いします、メモ帳に乱文を書くだけ書いて満足してアップしてないやつが数えきれないほどあるので...

これは結構好きな話なんですけど、声優の堀江由衣さんがライブのMCでライブの感想や良かったところとかを書いて広めてほしいって話をされてた時に「良かったことについての感想とかを書いてるときって自分の心も気持ちよくなるじゃないですか〜」ってお話しされててすごく納得が行ったんですよね。
楽しかったことについて振り返ってる時って楽しいんですよねやっぱり。
オタク感想文を書いてる時って、「なんで楽しかったのか」についてだったり、「どこがどう楽しかったのか」についてを自分の中で再度振り返りながら解釈していく行為なのでまあこれもある種のオタク活動だし、楽しかったって経験は心のエネルギーなのでそれを発散する場としてもオタク感想文を書くのって楽しいよね。

あといろんな人のライブの感想を読んでる時もやっぱり楽しいから好きです。
「ここわかってるのわかり手かこの人???」とか、「いや!それなんですよ!」とか、「そこには気が付かなかったからこの人天才か???」って他の人の感想読みながらこんな風に唸ってる時ってその方と直接面識がなかったり、インターネット上での関係性がなかったとしても、自分の中での行為ではあるものの、ある意味それを書いた方と対話してる状況なんですよね。

たまに感想書けてすごいって言われることがある(本当にすごいのはそれを書く気にさせてくれるだけのエネルギーをくれた演者さんや作品なんだけど、それはそれで自分の書いたものを読んでもらえてるってことだから嬉しい)んだけど、オタク感想文書いてる時って基本的に思ったことを独り言で話して音声入力でもしてんのかよってくらい好き勝手書いてるんですよね。
でもそれをやる時に一つだけルールを決めていて、「ネガティブなことを書かない」というのだけは絶対に守ってます。
Twitterみたいに流動的なメディアならネガティブなことも書く時もあるんですけど、ブログだったり、noteみたいなメディアだと流れずに残っていくのでネガティブなことってあまり書かない方がいいよな〜って。
あと自分は批評っぽくなりたくないし、難しい言葉や強い言葉はあまり使わないようにしてます。
すごくよかった時に 神!!!!!!ってたまに書いてるけど、神はGODなので最強に強い言葉ですよと言われたらそれはそう。

楽しかったライブでオタク感想文を書きがちなのって、それに参加した誰かと共有したいからっていうのもあるんだけど、その記事を読んで興味を持った人が「これこんなに楽しそうなら次の機会に行ってみようかな」って誰か1人でもなって参加してくれたらハッピーだなっていうのもあります。
良いものって1人でも楽しいんですけど、楽しそうな人は多ければ多いほど良いので。


そんな感じかな〜〜〜
これを書いたおかげでオタク感想文を書くのは楽しかったことに対しての自分の中での再確認行為だと再確認できてよかったです。

まるっ!

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