見出し画像

【夢】「芸」ではなく「お笑い」がしたいのだ。

「芸人」になりたいのではなく、「お笑い」がしたいのかもしれない。

私は、明治大学で学生芸人をしている。「ダーメダメダメダメ人間」というブリッジを持つ。

しかし、思うようにウケが取れない。そして、もう3年生で、後がない。

前置きは、どうでもいい。

私が、この場で何が言いたいのかというと、芸人にあこがれる人は多くても、それは「芸人になりたいのではなく、面白いことがしたいだけ」ということだ。つまり、何か錯覚をし、短絡的に「芸人志望」を掲げている可能性がある。

理由は3つある。

・日本は、「面白いことがしたい」=「お笑い芸人」というイメージが根強い

・基本、お笑いをやろうとする人は、コンプレックスが何かしらある

・私たちは目に見える「面白いこと」にとらわれている

解説していく。

1 日本は、「面白いことがしたい」=「お笑い芸人」というイメージが根強い

あなたは、テレビっ子でしょうか?それともYouTube世代でしょうか?

私は、どちらも大好きだ。

どちらにせよ、基本は同じ。「私たちは、短絡的だ」。

私も、今までの自分を否定するのは、とても嫌だ。現に、書いている今でも「そう書いているだけで、本当の心はどうか分からない」状態だ。

私は、「笑ってはいけない」で育ち、「皆さんのおかげでした」で爆笑し、「有吉の毒舌」で世の中を斜めにみて、今日存在している。

そのフィクションを勝手に自分に当てはめて、笑い、泣き、偏屈になっていった。意識的に。また、無意識に。

皆さんは、そうではないでしょうか?

しかし、実際に世界を見れば、それは違うと分かる。大学に入り、まがいなりに「好きなこと」をして、少し自分を向上しようと試みたおかげで、そうなった。決して、大学のおかげではないと思う(間接的に反面教師にはなっているとは思うが)。

皆さんも少し、違うメディアや違う人たちと会えば考えが変わってくると思う。

あの胸に「痛気持ちよくない」感じ。だけども「もっと自分の知らないサイドに移ってみたい」感じ。

つまるところ、芸人さんの「芸」だけが面白いことではない。また、「お笑い」はバラエティだけでもない。

なんなら、あなたが興味を持つものすべてが「お笑い」だ。

2 基本、お笑いをやろうとする人は、コンプレックスが何かしらある

これは、自分もそうだから、ほぼ間違いない。「いくら他者を笑わせたい」と思っていても、その心の根底には「名声」「金」「男・女にモテたい」がある。そして、「人生を逆転したい」だ。

これは、トレードオフの関係ではない。だから、「お金も名声も得たいし、他人を笑かせたい」は一緒にできる。順序があるだけだ。

私がお笑いをやっている理由は、「他人を笑わせたい」「笑われてもいい。人生誰かを笑顔になせて、自分も笑ってたら、素敵じゃないか」と言っている。言ってはいる。いや、置き換えてるのかもしれない。だが、それも大事だと思いませんか?

しかし、「好きなこと」「誰かのためのこと」をやってても「金がないと生きていけない」のは真実ではないだろうか?

だって、本当に好きなことなら、「お笑いライブ今日は気分悪いから、休ませてくれ」とか「すみません。今日いい企画のアイデアが出そうにないので、会社休みます」って言えるのではないか?

今、これを読んでるあなたは、誰かに「読め」って言われてないから、「好きに」読んでるのではないだろうか?

話が、逸れていませんか?

つまり、コンプレックスでできるほど、芸人は甘くないのである。

だって、芸を覚えるのだって大変だし、アドリブ入れたくなっちゃうし!

、、、死ねよ自分。

つまり、「コンプレックスをバネに頑張りました」とは言うが、それは「確かに、コンプはエンジンにはなったが、そこにはあなたに適した道路を公共交通機関が運よくそこに作ってくれただけ」なのだ。断定はできないが笑

ここでいう「公共交通機関」とは、「その時代にあった社会に存在する、大勢の支援してくれる人・環境」だ。

話がまとまってる感はないが、結局「コンプをバネにするなら、もっと適した場所はたくさんあるよ」ということだ。うん。

3 私たちは目に見える「面白いこと」にとらわれている

タイトル通り。裏を返せば、目に見えない「面白くない」ことが重要であるよということだ。

私は、このコロナ禍で、読書なんかして気取って親に説法したり、ジムで筋トレして、3か月で-2キロやせた。頑張れ俺。

私は、コロナ禍という「面白くないこと」を「今できる面白いこと」に変えたのだ。

あなただって、この閉塞感ある世界で「新しいことする自分に出会えた」のではないだろうか?

お笑いを目指す人にとって、お笑いをやる人にとって、「芸人」になることは、結果ではなく途上だということだ。しかも、目に見える範囲の面白い「途上職業」でしかない。かも。

とんねるずの石橋貴明さんも先日のYahoo!ニュースで、

「当時、芸人って言ってなかったような気がするんですよね。お笑いとは言っていましたけど。(僕らは)『東京のお笑い』ってことになるかな?」

って言っていました。

そう。クリエイターにとって、「面白いこと」とは「芸をする」だけでなく、目指す「お笑い」の途中にあるものなのかもしれません。

もちろん、芸達者であることは本当に憧れますし、心の底から欲しいスキルです!

結局、「面白い」はテレビだけでもなく、「芸人」ってくくりだけではないのかもしれません。

「一発逆転」にあこがれ、狙ってきた私は、このままいくと、もう三振取られてるのに、ずっとバッターボックスにいるやばい宇宙人みたいになっちゃってたかもしれません。

社会には自分の中の「面白い」の基準をラテラルに考えれば、まだまだたくさんの方がいると思う今日この頃です。

最後まで、読んでくれた方ありがとうございました。

はい、ダーメダメダメダメ人間。謙虚に一緒に行きましょう!





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?