時々どきどき

◯あいさつ

 みなさん、おはようございます。
 ちゃーりー(標準体型)です。
 今回は先日見かけた販売店の店員と子どものやりとりから思い巡らせた空想となります。
 記事に登場する出来事など、一切は空想の物であり、現実とは関係ありません。

◯時々どきどき

「お嫁さんを募集していませんか?!」 
「……はい?」

 駅前から少し歩いて、商店街の入り口を見下ろすように佇む3階建てのビル。
 私の職場は鉄筋コンクリート製のビル1階フロア。エスカレーターの下にある小さな玩具屋さんだ。
 真新しい玩具や最新のトレンドに合わせたキャラクターグッズとは無縁の品揃えを誇る、子ども向け骨董品店のような店。月に2個出たら上出来のキャラクター商品や、ルールなんて合って無いような遊び方を紹介した玩具が並んでいる。
 20代後半に片足乗っけた私はもちろん、今年銀婚式を迎えるというオーナーでさえ、実際に遊んだことはないという代物色物が並ぶ店に、その子はやって来た。
 確か、商店街の中にある喫茶店の1人娘だったか。
 少女は夕方、レジカウンターの向こうで1日の締め作業を始めていた私の前に詰め寄ると、開口一番言い放った。
 呆然だ。この子は何を言っているのだろう? というのが、私の正直な感想だった。
 私はレジカウンターの上へ1枚のチラシを差し出し、期待と不安の入り混じった瞳を揺らす少女と目を合わせた。
 少女はまだ10代も前半だというのに、妙に落ち着いた雰囲気と、年不相応に気立ての良い身なりをしていた。誕生日に贈って貰った、お気に入りの1着だ。と、自慢しに来たのを思い出す。
 私は微笑ましい気持ちになり、しかし、少女の意図がわからず聞き返した。

「えっと、確認させて。それを見て、お店に来てくれたの?」

 少女が差し出したチラシを手で示すと、少女は首を縦に振った。

「ありがとう。とても嬉しい。だけど、ごめんなさい。それはアルバイト募集のチラシで、結婚相手を探しているわけじゃないの」

 少女の丸い瞳が、ぐわんと揺れた。満月の様な瞳の奥で、幾つもの星がこぼれ落ちそうになるほど輝いた。
 少女は私の手に小さな手を重ねると、声を震わせた。

「お母さんもおんなじこと言ってた。でも、お父さんは、一緒に働く人を探しているってことは、家族を探しているのとおんなじかもって。だから、私、ここに来た」

 どういう理屈でそうなるんだ。
 私は込み上げてきた思いをなんとか胸の奥に押し返し、少女に答えた。

「うう、ん。そういうことでもないと思うよ?」
「じゃあ、お嫁さん、いらなかった?」

 私は少女の問いかけに、正直に答えた。

「家族は欲しい。だけど、君じゃない。だって、君はまだ小さいじゃない」 

 少女の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
 しかし、少女は溢れ出した涙を乱暴な手つきで払い落とすと、私に同情を許さず啖呵を切った。

「ーー5年経ったら、また来ます。絶対に来ます」

 そして、少女は去って行った。
 5年経ったら私は30歳を過ぎるんだけど。なんて呟きは、彼女の耳に届いていなかったのだろう。

 そうでなければ、こうして目の前の景色にデジャヴを感じたりはしない。
 少女は少し大人びていた。だけど、学校の制服姿で、メイクもどこかぎこちない。
 彼女は面接のため向き合った私に、チラシを見て来ました。そう断ってから微笑んだ。

「結婚を前提にアルバイトからでも良いですよ」

 ……たぶん、彼女からは逃げられない気がした。


◯おわりに

 今回の記事を書くきっかけを下さった、店員さんとお客さんに感謝いたします。ありがとうございます!

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