夜毎の空想に形を与えた結果が『Zing0』 冒険は楽しいのぅ
太陽が仕事を始める。朝【ニィナグゴ村:湖の端】 ズィンゴは持ち出した机と椅子に火をつけ、簡素な食事を済ませた。その後、水車小屋の扉を泥と蝋で固く閉ざした。格子窓の向こうは、舞い上がる埃以外には何も見えない。ズィンゴはローブの裾を翻して、水車小屋の周りをくるりと歩き、鼻を鳴らす。 「なぉ。整ったな! これで、尻尾を引くのは、お前だけだ……」 ズィンゴは地面に置いた、背に余る厚い布の鞄を振り返り、それを掴んだ。肩帯に腕を通し、背中を押し潰す重みを耳が千切れそうな
太陽が休む頃。夕方。そして夜【ニィナグゴ村:村の酒場】 酒場の主人は暗い顔で働いていた。 度重なっていた行方不明事件が片付いたと思ったら、マーロウが暴れだし、ヒトでなしのズィンゴが捕まったと思ったら、村の長キエネトゥが全てを暴かれて薬を飲み、死んでしまった。何が何だか分からない。 主人は上等な酒が入った酒壺を棚に並べながら、娘を呼んで振り返り、俯いた。 太陽が休む頃、いつものように手伝いに来ていた娘は器量よく働いていたのだ。あの時、娘はいつもの常連客たちと楽しむ
太陽が疲れ始めた頃。昼過ぎ。【ニィナグゴ村:村の広場】 縄で縛られたキエネトゥを前に、村のヒトたちは集まり、話し合った。 キエネトゥはマーロウとズィンゴによって暴かれた秘密から、企ての多くを暴かれると、惨めになった。萎びた根菜のようだった顔は溶け、垂れ下がった皮を揺らしている。香り高く着飾った衣装には汚物と憔悴の臭いが染みつき、彼自身、その悪臭に耐えかねていた。 キエネトゥは宝石で買収した被膜を持つヒトに、行方不明事件の罪をなすりつけようとした。気をよせていた酒場の
太陽が働く。朝【ニィナグゴ村:戦うマーロウと村の入り口】 胸を輝かせて猛るマーロウを前に、村ビトたちが作った荷車の壁は無力だった。マーロウが掴み上げた木を一度振るっただけで荷車は砕け、投げつけた岩で潰された。マーロウは岩を踏み砕き、村へ迫る。農夫が泣き叫んで炎の枝を投げつけると、枝は炎を強く燃え上がらせ、マーロウの掴んだ木を焼いた。 マーロウは燃える木を空に向かって投げ捨て、四肢に力を蓄えて身構えた。村ビトたちは手にした武器を巨体に向かって突き出し、マーロウの脚を村
太陽が昇った頃【湖の向こう:船着き場】 湖の向こう、豪奢に飾ったなめし革の幕舎の影に、格式高い儀礼服に身を包んだ男ウェインが休んでいた。ウェインは変化のない湖を眺めていたが、それに飽き、指を鳴らした。ウェインがしなやかな指を鳴らした途端、胴皮鎧を身に着けた兵士が側に駆け寄り、跪く。 ウェインが拳闘を求めると、たちまち長方形になるよう木の杭と縄で仕切りが作られ、全裸の男が二人その中へと押しやられた。 いずれも頬はやせ細り、目は落ち窪んでいたが、腕や脚の肌には艶があっ
同じ頃【ニィナグゴ村:憐れ者の巣(モートル・アロ)】 憐れ者の巣の中で、赤茶色に焼けた漁師の男は震えていた。ズィンゴの頭巾を抱くように自らの頭を抱え、丸くなって震えた。男は嘆く。村の長キエネトゥが語った恐ろしい企てを聞き、家族の顔を思い出すことしか出来ないなんて。ここにはいない、ズィンゴとマーロウの顔を思い出すことしか出来ないなんて。 遠くで起こった地響きが、男の身体を揺らした。目の前で跳ねる小石を見て、ますます惨めになった。 小さく丸まった男の頭に、小指の爪ほど
太陽が仕事を始める。朝【ニィナグゴ村:村と湖】 朝、キエネトゥは太陽が仕事を始めると、同じ頃に目覚めた。萎びた根菜のような顔を水で洗い、特別な香をふんだんに焚きしめ、身なりを整える。かつて、村の長に選ばれた証明として授かり、以降、仕舞い込んでいた宝石の首飾りも身に着けた。杖を飾った魔除けの針飾りが躍るように揺れ、キエネトゥの脚を軽くした。 キエネトゥは夜、太陽が休んでいる間を惜しんで村ビトたちを集めた。キエネトゥは村ビト達を説得し、無数の捕縛縄を使って網を編ませた。
【ニィナグゴ村:四肢を伸ばすマーロウ、駆け付けたズィンゴ】 マーロウは星明りの下、巨体を地面に這わせながら、鼻を動かした。染みの跡に残る臭いを感じ、同じ臭いがないかと這いまわる。マーロウは点々とした染みをいくつも見つけたが、鼻息荒く次を探した。マーロウが巨体を蠢かせ這いまわる様を見て、音もなく駆け付けたズィンゴは全身の毛が逆立つほど驚き、跳び上がった。 「マーロウ?! 元気そうで嬉しいよ! だけど、一体お前は何をしているんだい?!」 震えるズィンゴの声に、マ
月が疲れる。夜【ニィナグゴ村:憐れ者の巣】 月が疲れる頃になると、先ほどまで地面を揺らすほど響いていた足音は数を減らし、声はまばらになった。燃え盛っていた炎の樹は消え、空になった大きな釜が静かに月を眺めている。 縄に解れが出来ないかと暴れていたズィンゴは、暴れるほどに食い込む縄を忌々しく睨み、項垂れた。もう一度、被膜を持つヒトの遺体を弄りたいと思っていた。叶わないならせめて、あの場所をもう一度探りたいと思った。頭の中で情景を繰り返し、気づかなかった何かを求めて唸る。
【ニィナグゴ村:村の広場と憐れ者の巣(モートル・アロ)】 村の広場ではヒトたちが輪になって踊り、歓喜と興奮で目を輝かせていた。酒場から秘蔵の酒が振舞われ、農夫たちの蓄えが解放された。足りぬと聞けば、家畜(ラオルット)飼いがその場で一匹の首を捻り折った。 キエネトゥは杖に下げた魔除けの針を誇らしげに揺らし、歩いた。村のヒトたちが歓喜に沸く口で自分の名を謳う声を聞いた。キエネトゥは呼びかけに手を振り応え、近寄ってきた酒場の主人に勧められた酒を断った。 「あとは皆で。私
【ニィナグゴ村:被膜を持つヒトの遺体近く】 マーロウが村ビトたちに連れていかれた後、ズィンゴは背の高い草の影に隠れ、機会を窺っていた。マーロウの巨体と、クロワモリーの遺体が、並んで舟を運ぶ荷車に乗せられた時。ズィンゴは己の牙で唇を切った。血の味に咽びそうになる。しかし、息を止めて耐えた。不用意に体勢を整えた手は、棘の生えた草に傷つけられ、悲鳴を上げそうになる。しかし、自分の手に噛みついて耐えた。 ズィンゴは目に星明りさえ届かないよう手で覆い隠すと、暗闇に音もなく逃げる
【ニィナグゴ村:被膜を持つヒトの遺体近く】 二人は夜を走った。薫り高い花を踏み、棘の生えた草を避け、背の高い草を割り、マーロウが殺めた被膜を持つヒトの遺体に向かって走った。 マーロウが打ち捨てられた遺体を見つけ近づいていくと、不意にズィンゴがそれを制止した。ズィンゴは鼻を動かし頭巾を脱ぎ去ると、背と首を伸ばし、耳の先を立てて周囲の音を探っている。マーロウは開いた口を静かに閉じ、ズィンゴの様子と、自分たちの周りに漂う妙な刺激臭の正体を探った。 獣が遺体を食い荒らしたのは間違
【ニィナグゴ村:ズィンゴの住まい】 マーロウはズィンゴの住まいを訪ねた。水車小屋の格子窓から零れ出す微かな光に、マーロウは胸を撫でおろす。身を屈め、格子窓から水車小屋の中を覗き込むと、ズィンゴは薄明りの下、獣の胃で作った水袋から植物の深皿に水を注いでいた。 ズィンゴは格子窓の外から覗くマーロウに気づき、手招きする。 マーロウが水車小屋に入ると、ズィンゴは手元を見たまま労った。 「ありがとうマーロウ。今は手が離せないんだ。挨拶が適当になってごめんよ」 「うぅお。そ
太陽が休む頃。夜【ニィナグゴ村:村にて】 次の太陽が休むまでズィンゴとの時間を楽しんだマーロウがニィナグゴ村に帰ると、村ビトたちが炎の枝を掲げたむろしていた。街路を塞ぐように奇妙な隊列を組んでいる。それがなぜ、村の方を向いているのか。見知った漁師に、マーロウは呼びかけた。だが、漁師はマーロウの呼びかけに全身を跳ね上げ振り返った途端、四肢と首を縮ませ、まるで太陽を嫌う花のように丸くなる。 俄かに炎の枝が大きく揺れ動き、火の粉を散らした。何かが暗闇の中で、風に吹かれた火の
太陽が仕事を始める。朝【ニィナグゴ村:ズィンゴの住まい】 マーロウは酒場での仕事を終え、身体を跳ねさせた。手に入れた報酬を大切に持ち、ズィンゴの住まいを目指して進んだ。 腰巻には上等な酒壺と干し魚が吊るされている。これらだけでもかなりの報酬だ。しかし、片手の上を転がる感触ほどは心躍らないだろう。マーロウは手でつくった椀の中を転がる、毒々しい濃紫色の実を見て、零れ落ちそうになった涎を啜り上げた。 酒場の主人が知り合いの植物商から入手したという貴重な植物(グン)の実は、