Zing0 第十二話

同じ頃【ニィナグゴ村:憐れ者の巣(モートル・アロ)】


 
 憐れ者の巣の中で、赤茶色に焼けた漁師の男は震えていた。ズィンゴの頭巾を抱くように自らの頭を抱え、丸くなって震えた。男は嘆く。村の長キエネトゥが語った恐ろしい企てを聞き、家族の顔を思い出すことしか出来ないなんて。ここにはいない、ズィンゴとマーロウの顔を思い出すことしか出来ないなんて。
 遠くで起こった地響きが、男の身体を揺らした。目の前で跳ねる小石を見て、ますます惨めになった。
 小さく丸まった男の頭に、小指の爪ほど小さな石が投げつけられる。一つ、二つ。男は頭を守るように抱え込み、微かに呟いた。
 
「助けてくれ……。俺はズィンゴじゃない……。俺は愚かだ……」
 
 男の呟きに、はっきりとした言葉が返ってくる。
 
「助かるよ。お前は勇敢な男。村で2番目に優しい男さ。なぁお、顔を上げな。俺こそズィンゴだ」
 
 男は弾けるように顔を上げた。四肢を震わせ身体を起こすと、格子を開け放って手招くズィンゴの姿を見る。男はのたうち、ズィンゴの足元に近寄ると、差し伸べられた手に触れて呟いた。
 
「熱がある……。本当に、ズィンゴなのか」
「なぉう……。お前が助けてくれたっていうのに、まるで死んだ方がよかったような口ぶりじゃないか」
 
 ズィンゴは男の手を引いて立ち上がらせると、地鳴りと悲鳴が響く方に向かって耳を振った。
 
「マーロウが戦っている。頭巾を取ってきたら、合流する約束なんだ。なぉ、星は輝いている。勇敢な男。約束は、キエネトゥ(ケーナトゥ)を捕まえてからな」
「待て、待ってくれ! お前なら、賢いお前なら、分かるはずだ! 信じてくれるはずだ! キエネトゥが、彼こそ怪物だった!」
 
 男はズィンゴを引き留め、キエネトゥの企みを語った。キエネトゥが湖の向こうから来る尊いヒトを待っている事を語り、湖の近くで消えた七人が尊いヒトに差し出された事を語った。男はしっかりと立ち、ズィンゴの頭巾に着いた泥汚れを払い落とすと、それを差し出した。
 
「キエネトゥは消えた7人と同じ様に、お前を湖の向こうに差し出すって言っていた。花嫁を送り出す親のように、尊い宝石を添えて。ズィンゴ、お前はあいつに会ってはいけない。ましてや、捕まってしまうなんて! 村を捨てて逃げるんだ。お前の脚なら、すぐだろう?」
 
 ズィンゴは差し出された頭巾を手に取り、ローブの裾が翻らないよう縛りつける。四肢に力が漲り、しなやかな身体が花のように踊っても、ローブは翻らない。ズィンゴは満足げに頭巾を撫でて笑った。
 
「ありがとう勇敢な男。でも、村を出るのはまだ先だよ。俺にはまだ、約束が残っているのさ。……なぁぉう、俺の首飾りが落ちていなかったか?」
 
 男は力を漲らせたズィンゴを見つめ、服の下から首飾りを差し出すと、項垂れた。
 
「ズィンゴ……。実は、幼い俺はずっと、小さなお前と友だちになりたかった。なのに、俺はお前が村を追われた時、石を投げてしまった……。すまない。幼い俺は愚かな怪物だ……。すまない、美しいズィンゴ。何もかも手遅れだ。今更言われても困るだけだろう。だけど、俺は秘密に出来なかった」
 
 風に吹き消されるほど微かに暴かれた秘密を、ズィンゴの丸い耳が聞き取る。ズィンゴは牙を見せて笑うと高く跳ね上がり、項垂れていた男の手から首飾りを掠め取り、頭上を飛び越え、その髪に鳥の羽根を忍ばせた。
 
「友よ。片想いなんてそんなもんさ」
 
 ズィンゴは風のように走り、姿が陰に隠れる。男は顔を上げた。周囲を見回し、項垂れ、ふと、自分の頭に手を伸ばす。男は乱れの無い鳥(フィラロ)の羽根を手に取ると、それを髪に挿し直して笑った。

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