Zing0 最終話

太陽が仕事を始める。朝【ニィナグゴ村:湖の端】


 
 ズィンゴは持ち出した机と椅子に火をつけ、簡素な食事を済ませた。その後、水車小屋の扉を泥と蝋で固く閉ざした。格子窓の向こうは、舞い上がる埃以外には何も見えない。ズィンゴはローブの裾を翻して、水車小屋の周りをくるりと歩き、鼻を鳴らす。
 
「なぉ。整ったな! これで、尻尾を引くのは、お前だけだ……」
 
 ズィンゴは地面に置いた、背に余る厚い布の鞄を振り返り、それを掴んだ。肩帯に腕を通し、背中を押し潰す重みを耳が千切れそうなほど振って誤魔化し、脚に力を漲らせた。額に汗がにじみ出ると、不意に背中が軽くなり、身体が宙に跳ねた。
 足音を響かせて降り立ったズィンゴは目を丸くして振り返り、地面から消えた鞄を探し、影を見上げた。
 水車小屋に並ぶほど巨大な影だ。マーロウが太陽に背を輝かせ、ズィンゴの鞄を持ち上げている。マーロウは輝く腕を振り、ズィンゴの鞄を肩に乗せると、牙を煌めかせて笑った。
 
「うぉぉう、ズィンゴ。楽しみを独り占めしようという、卑しい友め。俺を出し抜こうと思っただろうが、そうはいかない」
 
 マーロウは高らかに謳い、続ける。
 
「俺は輝く胸のマーロウ! お前が太陽の光に姿を隠そうと、俺の前ではその輝きさえ眩むのだ!」
「なぁふしっ! なんだよ、マーロウ! なぁお、吼えたな輝く俺の友よ」
 
 ズィンゴは全身を震わせ、耐えきれずマーロウの空いている肩に跳び付いた。喉と顎をしきりにマーロウの頭へ擦りつけ、耳を震わせる。
不意にマーロウが鼻を動かすと、ズィンゴは弾けるように跳び下り、牙を見せて笑った。
 
「なぁお! 行こう、輝く胸のマーロウ。道案内は俺さ」
 
 マーロウは踊るように駆けだしたズィンゴを見つめ、踏み出した。しかし、ズィンゴが爽やかな香りを振りまいて駆け戻ってくると、首を傾げる。
ズィンゴは微かに頬を赤らめマーロウの隣まで戻ってくると、全身に力を漲らせてしっかり立った。そして、しなやかな脚を規則的に、乱れの無いよう丁寧に動かして歩き出す。
 
「1,2,3,4,5――」
 
 マーロウはズィンゴの調子を真似て、歩く。
 
「6,7,8――」
 
 ズィンゴが声を高くして笑い、マーロウの脚を打った。マーロウは首の後ろを掻き、真似するのをやめて、鼻を膨らませる。隣を歩くズィンゴの後を、イゴイグの爽やかな香りが続いている。

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