プロレスラー・オーカーン選手に学ぶ「全方位コメント力」について
4月1日のニュースが話題を呼んだ。武蔵小杉駅構内のトイレ前で10歳の女児が酒に酔った男性から迷惑行為(両肩をつかまれ連れ去られそうになっていた)を受けた際に、プロレスラーが男性を取り押さえて事件解決に協力したのだ。
このプロレスラーというのが、新日本プロレスのグレート-O-カーン選手である。(以下「オーカーン選手」と表記)そしてお手柄ニュースであるが、注目すべきは事件後の対応である。男を取り押さえて警察に引き渡す前に、オーカーン選手は女児に対してこのような対応をしている。
恐怖に怯えるであろう女児に手持ちのパンケーキを勧めて、母親にはさりげなくプロレスラーであることをアピールしている(ちなみにパンケーキを持っていた経緯はマクドナルドで好物のスイーツを大量購入したから)。このやり取りについて、別の取材で素晴らしいコメントを残している。
まず事件であることを鑑みて安易にお手柄ニュースとして報道されないように釘を差し、被害者家族の了承を前提としつつ、加害者に対しても更生を促すという全方位に配慮したコメントになっている。
人格者であることを伺わせる発言であるが、あくまでオーカーン選手はプロレスラーである。リングでは荒ぶる姿を見せつけて、もはや神々しさすら感じられる。
言動においてもドミネーター(支配者)として、観客には「ひれ伏せ、愚民ども!」と煽り、対戦相手には「靴を舐めろ!」など傍若無人な発言を繰り広げる。いわゆる「ヒール(悪役)レスラー」として選手や観客からの敵意を一身に受ける立場であり、今回の善行に疑問を呈す声もあった。こうした意見に対しても
と、レスラー像ではなく人間としてのポリシーを強調している。
後日、警察署にて感謝状が授与されたが、その際もオーカーン選手の全方位に配慮してコメント力は天井知らずである。マスコミとの質疑応答を抜粋しながら、解説していく。
オーカーン様は2018年6月30日にイギリスで「グレート-O-カーン」としてデビューしており、それ以前の活動は謎に包まれている。なお、グレート-O-カーン様選手がデビューする以前に、新日本プロレスには岡倫之選手が所属している。その岡選手が新人時代に会場で暴れる一般人を取り押さえたり、マナー違反を注意した記録はあるが、まったくの無関係である。
助けた女児の不安を和らげるべく「パンケーキ食うか?」など声をかける中で、母親からも名前を聞かれるのは自然の流れである。それに対して男なら一度は言いたいセリフをチョイスして報道陣から笑いを誘うユーモアも見せている。ちなみに警察からのアドバイスで改めて「グレート-O-カーン」と名乗ったそうだ。
プロレスラーとしての屈強な肉体と精神を表現しつつ、自分自身だけでなく新日本プロレス全体のイメージも向上させている。その上で周囲への配慮を挙げながら、そのへんの愚レスラーとは違うドミネーター(支配者)としての器の大きさを表現している。
最後に締めにふさわしいお言葉である。今回の一件で勇気ある行動を見せたが、世間ではプロレスに対して「野蛮」「低俗」などの悪い印象もある。しかしながらプロレスラーの凄さ、プロレスの魅力を伝えつつ、「どんな時にどんな人に見てほしいか」を定義するマーケティング視点も持ち合わせている。そしてさりげなく「プロレス」ではなく所属する「新日本プロレス」と伝えることで他団体との差別化もしている。
そして声を大きくして試合の場所と視聴できる媒体(ABEMA TV・新日本プロレスワールド)を紹介している。これを機会にプロレスを見る人に向けて、ネットかつ無料で見られる点を強調しているのだ。なお、オーカーン選手は動画配信サービスの「新日本プロレスワールド」を「帝国国際放送」と呼んでいるが、告知では正式なサービス名を使う点も配慮がうかがえる。なお、当日無料放送を見ている視聴者に対して、リング上で「無料で観ているケチくせぇ連中」と、愚民どもに容赦しない発言をしている。これが「悔しかったら有料会員になれ」という巧妙な宣伝であることは言うまでもない。
そして自身の見せ場でもあり、直近に行われる両国国技館大会を告知しながら、チャンピオンベルトを比較に出して感謝状を持ち上げるという最後の最後まで配慮の行き届いたコメントを見せてくれた。
オーカーン選手はプロレスラーであり、ヒール(悪役)レスラーであり、ドミネーター(支配者)である。しかしながら、一連のやり取りにおける対応は自身のイメージを崩さず、プロレスとプロレスラーのイメージ向上に貢献し、新日本プロレスと他団体との差別化も図っている。さらに事件であることを考慮して美談にはさせず、家族への許可を得た上で絵女児への精神的なケアなどを細かく語っている。特に加害者に対しては、第三者による過度な追求を控えるように忠告している。事件は午後8時50分頃の武蔵小杉駅で起こっており、大柄でヒゲの男性が男を取り押さえる場面を目撃した人が複数いることが推察できる。場合によっては一連の様子を、写真や動画で撮影した者もいるかもしれない。こうした衝撃的な場面は良くも悪くもSNSで注目を集めるので、ネット上に公開されれば犯人の特定など混乱を招きかねない。オーカーン選手自身もTwitterやInstagramを活用しており、SNSの利点も怖さも考慮しての発言と推察できる。一連のやり取りは、プロレスラーでありながら一人の人間として全方位に配慮したコメント力は、愚民である我々も大いに学ばなければならない。
最後にこの素晴らしい記事の第一報が、4月1日の東京スポーツだったことを伝えておきたい。事件は3月29日に起こったものの、"奇跡的な間の悪さ"で4月1日の掲載となった。そしてプロレスおける東京スポーツの取材力は、週刊文春さえ上回っていると言えるだろう。
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