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マスク未着用で宿泊拒否できるか?

伊東園ホテルズの案件で問題になったのは、マスク未着用でホテルの宿泊拒否をすることが可能かという論点です。

弁護士ドットコムでは「宿泊拒否できる」との斎藤弁護士の見解を紹介していますが、妥当な解釈ではありません。(法律家の間でも判断が分かれると思います。)
・法解釈上の論点
・社会実体上の論点
の2つがあります。

そもそも判例では宿泊拒否をめぐる事案が少なく、相場が形成されているとはいえません。そのため、法と社会的な実体をどう解釈するかに依拠することになります。

最近では、ヒルトンホテルの拒否事件をめぐる名古屋地方裁判所平成29年(ワ)第4241号が参考になると思います。

旅館業法第5条では、
次の場合を除き宿泊を拒んではならないとしています。
・宿泊しようとする者が伝染性の疾病にかかっていると明らかに認められるとき。
・宿泊しようとする者がとばく、その他の違法行為又は風紀を乱す行為をするおそれがあると認められるとき。
・宿泊施設に余裕がないとき。

(宿泊約款は基本的には旅館業法の趣旨に沿って解釈されるため、ここでは業法を使います。伊東園ホテルズの約款もネットに出ています。)

弁護士ドットコムでは、「新型コロナウイルス蔓延防止のために宿泊客のマスク着用が強く求められる状況ですし、旅館業法は宿泊施設に衛生確保を求めているので、食事会場などでマスクを着用しないことは第5条(2)「風紀を乱す行為」に該当すると解釈できる」という立場を取ります。しかし、現状のマスク未着用がそこまでの「風紀を乱す行為」と言えるかは疑問です。

旅館業法の趣旨は、ホテルの国民生活における役割の重要性と宿泊客保護の観点から宿泊拒否には高いハードルを課しています。伝染病罹患の明らかな兆候や賭博その他違法行為など極めて例外的な場合のみ宿泊拒否が認められています。マスク未着用がそれらと同じ水準の「風紀を乱す行為」に社会通念上相当するとはいえません。

なお、グッとラック出演の高橋弁護士は「マスク未着用で宿泊拒否はできない」としながらも、大声を出す等の行為があれば拒否できるとしていました。(伊東園ホテル事件で「声が大きい」等の問題があったわけでは全くありません。)しかし、上述のヒルトンホテル事件では、「大声をあげるといった, 他の客の迷惑になり得る行為があったとしても,その都度本件ホテルのスタッフにおいて,原告らに認識できるような形で注意喚起し,今後,これらの行動を理由に本件ホテルの利用を拒否する可能性があることを伝えていたと認めるに足りる証拠はなく,原告らにおいて,問題点を認識しながらあえて問題行動を継続していたとはいえない。また,原告らの行動が他の客に与え得る迷惑が,被告会社の利用規則等に挙げられている賭博等風紀を乱す行為等に匹敵するような行為に該当するものとはいえず,利用拒否を導くような迷惑行為に該当するとは直ちに評価することはできない。」としているように継続的な問題行動がある場合のみとする高い認定基準を採用しています。また、判決はヒルトンホテル側の対応にも問題を認めており、「(ホテルの対応に)不満を持つこと自体は不自然,不合理とはいえず,原告P1が大きな声で怒ったことに全く理由がないとまではいえない。」と述べます。

結局、問題となるのは、社会実体上、マスク未着用が違法行為に類する風紀を乱す行為であると観念されているかどうかです。例えば、立川志らくさんは「マスクをしないことは包丁を持って歩いているのと同じ」と発言されていましたが、これが極端であるとしても、マスク着用がある程度の規範性を帯びてしまっていることは確かでしょう。マスクは、感染症対策の万能の対策でなく「マスクをすれば100%防げる」わけでもなければ「マスクをしていないと100%人に感染させる」わけでもありません。本来は、簡単にできる対策の一つであったマスク着用が科学的合理性を大きく越えていつの間に社会の同調圧力の下で強い規範性を帯びてしまったことが問題です。しかし、現状においても「宿泊拒否事由」として認定するのは過剰であるように考えられます。

マスク未着用をめぐる入店拒否・宿泊拒否は、新たな法領域ですので法律家の方々の活発な議論を期待します。

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