白い目
今日、スーパーのレジで格差を見た。
私の前にレジで会計をしていた老人と、レジ打ちの若い娘さんがなにやらモメていた。ニュースで見たように怒鳴られてこそいないが、娘さんは何度もレジを打ち直している。
私の後ろには長蛇の列ができはじめた。
老人は、なにやら煙草の銘柄のことで娘さんに一生懸命説明をしていた。
後ろで聞いているとどうも、買った煙草は同じだが、紙パックのものと箱の物で違うらしい。老人は箱のものを2カートン指定したのに娘さんが紙パックのものを1カートン、箱のものを1カートン出したから箱のものが2つほしいのだと説明している。
娘さんは店の奥に老人の指定した煙草を取りに行ったが、それも老人が指定したものとは違うらしく、「少々お待ちください」と言ってまた、店の奥にひっこんだ。
老人は私に
「すいませんね」
と言い、私は
「いえいえ、大丈夫ですよ」
と笑顔を返した。
私の後ろで子連れの夫婦のだんなさんが、イライラした様子で別のレジに並び替えた。
私もそうしたかったが、それをすると娘さんにますますプレッシャーをかけてしまうかもしれない、と戸惑っていた。
そこへ娘さんが戻ってきた。
また、違うものらしい。「少々お待ちください」とまた店の奥にひっこんだ。
私は父が煙草を吸うので、同じ「マイルドセブンの6ミリ」でも箱のものと紙パックのものがあるのは知っている。中身がどれほど違うのかはわからない。
娘さんはどうやらそれを知らないらしく、煙草の銘柄をメモしていったにも関わらず、間違えたものを持ってきている。老人は「ちがう、ソフトのやつ、これと同じの」と1つ目の紙パックの箱を指し示している。煙草に縁のない人からしたら区別がつかないのも仕方ないことだろうなと思う。
何度かのやりとりの後、やっと指定したものが見つかったようで、煙草以外のものもレジを通して老人が会計を済ます。
箱のアイスクリーム、寿司、おそうざい、お菓子、などなど。
一人暮らしだろうか、奥さんと喧嘩でもしたのだろうか。
アイスクリームはきっと溶けかかっているだろう。
真っ黒なクレジットカードで会計していた。
私の番になって、娘さんにレジを打ってもらって私も会計を済ませた。
「ありがとうございます、大丈夫ですよ、はい、袋は持っています」
なるべくニコニコして優しい声でありがとうございますと言う以外、できなかった。
本当は「大変だったね、お疲れ様です」と言いたかった。
彼女の名札には「実習生」と書いてあった。
隣のレジの娘さんの名札にも「実習生」と書いてある。
たくさんのレジの人がやめて、新しくここにいるんだろう。まるで戦場のようだ。
サッカー台(買った商品を自分で袋にいれる作業台)の横には「レジアルバイト募集 時給910円(研修期間あり) 」と張り紙があった。
先ほどのレジの娘さんは1時間働いても、老人の買った煙草を2箱買うことができない。
老人はそれを2カートン(調べたら20個だそうだ)も買っていた。なければ死ぬわけでもないような嗜好品を1万円分も買う老人に、時給910円の娘さんが何度も頭を下げていた光景に、私はどうしていいかわからなかった。
1万円もお金があったらこの娘さんに綺麗なかわいいブラウスの1枚でも買ってあげたい気持ちになった。
老人も、別に怒鳴ったりしていたわけではないし、何年もそうしてきたように、普段通り買いたいものを購入しただけだろう。鬼畜の所業をしたわけでもなんでもない。
だけど、あまりにも酷くてかわいそうで、私は娘さんになにか、そこに立っていてくれてありがとうみたいな声をかけたくてかけれなくて、ただ、並んでいることで「あなたはよくやっていると思う、私は待たされて怒りを感じたりしてないからね、あなたの味方だからね」と伝わればいいなと思いながら突っ立っていただけだ。
こういうことが身近で起こってきている。
よくニュースで見るように、怒鳴られたり、無理難題を言われたりしなくても、こういうことが起こっている。
私は娘さんになにもできなかったし、煙草を買った老人の何をどうすれば正しい行いと言える行動に変わるのかもわからない。
でも、覚えてなくちゃいけない、考え続けなきゃと思って書いている。
早くこんな時代を終わらせて、若い世代の人がほんとに学ぶべきことや楽しいことに夢中になれる時間を作らないと、この国が煙草みたいに燃やされて吸い尽くされて灰になると危機感がある。
どうしたらこんなことがなくせるだろう。
こういうことが今、いろんな人の身に起きている。
私は、自分が専業主婦だとか、暗いニュースを見てもなにもできないとか、父も煙草を吸っているとか、子どもを産んでいないとか、レジの娘さんになにもしてあげられなかったな、とか毎日毎日、自分を白い目で見つめている。
自分を軽蔑したくないから人のことを白い目で見たくない。
だけど、あまりに世の中がゆるやかに辛くて、目を背けるにはあまりに痛々しくて。
結局自分を白い目で見るしかなくなっている。
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