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喧噪に関する日本とイングランドの比較~ましろの草子1

1 はじめに


日本は音が多すぎる国なのではないだろうか。これは、この前ヨーロッパに滞在経験のある視覚障害者の日本の友人と盛り上がったテーマである。


日本の公共交通機関は音であふれている。丁寧な車内アナウンスやホームのアナウンス。ご当地ソングも取り入れられた発車メロディー。自動改札の案内音声。エスカレーターやエレベーターのアナウンス。注意喚起や広告を読み上げる声。あちこちで聞こえる音響信号。音で情報を得ている我々のような視覚障害者はそれらに大変助けられて生活している。


だからこそ、そういう音が日本に比べて大変少ないイングランドに来るととても不安になる。と同時に、なんて静かで歩きやすいのだろうという安心感もなぜか芽生えるのである。ノイズの少ない街や駅を歩いていると、そんな逆説的な感情を拾うことになる。


今回はこのパラドックスをきっかけに、音の少ないイングランドの公共交通機関を利用して感じたことをまとめてみた。まだまだ利用経験が少ないので、今後も新たな発見があるかもしれないが、渡英して3ヶ月時点での感想である。


2 音のない田舎の交通機関


真しろの修行場のエセックス大学のあるコルチェスター(Colchester)という町は、ロンドンから電車で1時間程度の場所にあり、控えめに行って田舎である。この町を走るバスや電車は、基本的に車内アナウンスがない。ホームのアナウンスも自動では流れない駅があるぐらいだ。日本にもそういう駅がないとは言わないが、少なくとも都会暮らしが基本だった真しろにとって、それはとても不安なことだった。今来た電車に本当に乗って良いのか。今このバスはどの停留所を通過したのか。日本では自動放送を使って当たり前に知ることができた情報を、ここでは得ることができない。この問題は、視覚障害者としてだけではなく、アナウンスや駅名好きの鉄ちゃんとしても非常に物足りないことである。


3 音のない電車やバスでの解決策


どうやって自分が降りる場所を把握すれば良いのか。方法は2つある。一つ目は遠慮せずに周りの人に頼ることだ。バスの場合は運転手に、「自分はこの停留所で降りたいので、着いたら肉声でいいから叫んでほしい」とお願いしたり、電車の場合は周りの人に、「自分はこの駅で降りたいから、近くまで来たら教えてほしい」とお願いしたりすべきである。実際、あるとき真しろが降りる停留所を運転手に伝え忘れたとき、「なんで言わなかったの!」と怒られてしまったほどなので、恥ずかしがらずに自分の行き先を伝えることが重要である。


もう1つは、地図アプリを使って自分が今いる場所を随時チェックすることである。地図アプリに、駅や学校などの目的地を入力し、電車やバスに乗ったら距離数や到着時間をチェックして、自分がどこにいるかを把握することができるのである。地図アプリを眺めながら電車に乗っていると、どのような場所を通っているのかを理解することもできるのでそれも楽しい。この方法は、視覚障害者だけでなく、健常者の友人も使っている方法であるし、他人に頼りたくない人にはおすすめの方法と言って良い。ただ、地図アプリは充電が減りやすかったり、ネット環境や電波に依存したりしており、使い勝手の悪い場所もあるので、万能というわけでもない。


4 音の多いロンドンの駅


今までは、イングランドの田舎の駅について述べてきた。これに対してロンドンは、非常に音の多い町である。地下鉄は、行き先や停車駅、乗り換え案内も含めて大変丁寧なアナウンスがあるし、駅のホームでも大変多くのアナウンスを聞くことができる。バスも、行き先や停車する停留所がアナウンスで読み上げられる。


しかし、日本と全く同じぐらい音が流れているかと言えば決してそうではない。一番顕著なのは、エスカレーターに音声が着いていないことや音声券売機がないことである。また日本のように、注意喚起の放送がしょっちゅう流れるわけでもない。さらに、これは少しマニアックな話になるが、日本の大都市圏ではポピュラーになりつつある発車メロディーというやつも流れないので、いつ電車が発車するかもよく分からないという違いがあるが、これは鉄ちゃんぐらいしか気にしない違いだろう。ちなみに、ロンドンの地下鉄は古い物が多いので、たまにアナウンスが轟音でかき消されてしまうことがある。ただこれは日本でもよくあることなのでさほど気にならなかった。


5 情報保証の円から見た音の少なさ


上でも少し触れたように、音が少ないということは、視覚障害者にとってはちょっと困った問題にもなりかねない。電車やバスのアナウンスについては詳しくふれてきたが、音声券売機がないことやエスカレーターのアナウンスがほとんどないこと、音響信号は鳥の声や音楽ではなく、高音で少し聞き取りにくい音であることなど、違いはさまざまである。日本でもまだ都市を除いては普及していないが、ホームの階段を示す音サインなんてあったら奇跡かもしれない。


6 音が少ない利点


ここまで書いてきたのは、イングランドは音の情報が少なくて大変だというお話だった。しかし、音が多すぎてもそれはそれで困ってしまうというのが、日本でよく感じていたことだった。東京の場合、エスカレーターの案内音と券売機の音、改札の警告音とホームのアナウンスと発車メロディーと階段の音サインと注意喚起の放送が一気に鳴り響くことは日常茶飯事だった。それらの情報があることで役立つことは確かだが、あちこちから聞こえてくるその音の情報の中から、自分が必要な音の情報を探すのはかなり困難であるし、疲れているときにはストレスにさえ感じなくはない。また、音で十分な情報があるのだから1人でなんとかしなければいけないというよく分からない固定観念も芽生えてしまうかもしれない。


また、音のないイングランドの田舎の駅のホームに立っていると、電車の通過音だけが響き、どこか寂しい気もするけれど、自分の考えを整理できる良い場所でもあるので、真しろはかなり好きである。


半分余談だが、薄味の料理は味付けがないから嫌いだという人がいるだろう。しかし、味付けがないということは、素材の味を楽しむことができることの裏返しなのだ。音の多さと少なさもそういうことなのかもしれない。


7 Song for You


今回紹介するのは、SEKAI NO OWARIの、『銀河街の悪夢』という曲だ。街の喧騒について考えるとき、いつもこの曲が頭をよぎる。歌と並行して流れる効果音の変化が、街の喧騒の多様性や暴力性を示しているように思われて、とても考えさせる曲だ。もちろん歌詞もとても共感できる内容になっている。


ご視聴になりたい方はこちら。

https://open.spotify.com/track/29OYuvm8SMAAy3sfLOraoo?si=VqgaVvHvROWBValQbaf4WQ

8 おわりに


この話題はとても好きなので、いつもより長く筆を取ってしまった。

真しろは視覚障害者であると同時に、仮にも音鉄なので、交通機関の音に関しては人一倍気になることが多い。すなわち、少し変わった価値観からの分析になってしまったことはご容赦いただきたい。しかし、音の情報をどうやって伝えるべきか、そしてそれを受け手はどうやって解釈すべきかということは、これからも考えなければいけない課題であるとともに、このような音の違いも、住めば都ということで、案外すぐ順応できるものであることはお伝えしたい。


これからもあふれるノイズの中、強く生きていこう。Have a nice day!

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