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とある男と私の話。

その男は、突然私の目の前に現れた。

当時の私は、それなりに愛されていた。
皆(みな)が私を物珍しそうに見て行った。

その男もそのうちの一人だったが、
その男だけは特にキラキラとした目で
私を見つめていたのが印象的だった。

しかし
ある時からあまりその男を見かけなくなった。

それを境に、私の暮らす世界は変化した。

与えられたものをガリガリと食べ、
自分が排泄したものの近くで眠った。

虫と呼ばれるものが私の近くを飛んでいて、
それだけが友のように思えた。

その頃には猫と呼ばれるものが部屋を歩き、
昔の私のように可愛がられていた。

だが、私は不自由していなかった。
私の世界はここだけなのだから。

私はこの世界しか知らなかった。

虫と話をしていると、
久しぶりにあの男がやってきた。

男は私の日常を見て、驚いていたようだ。

どうして驚くんだ。

これが私の日常なのに、
あのキラキラした目をしていたはずの男は
どうして今怒った顔をしているのだろう。

「こいつ引き取るで」


その男は私の世界を世界ごと持ち上げて、
ガツガツと歩き出して行った。

揺れる、揺れる。

この感覚は初めてだ。

虫たちも驚いているようだ。

おぉ、おぉ、揺れる、世界が揺れる。

男よ、私の世界をどうする気だ。


どこかにガツガツと歩く男は、
その行先の途中、私の世界を水で流した。

私の慣れ親しんだ世界は、
こうしてこの男に壊された。

何をするんだ、私の世界を。

私はそこで食事をし、寝ていたんだぞ。

友の虫たちだって、みんなみんないるんだぞ。

私の唯一だった世界を…この男は。


世界を丸ごと白くされた後、
私は一旦戻された。

ん?なんだか懐かしい…

私がこの世界に初めて入り込んだ時、
ここはこんな風に白かった。


そんな記憶が蘇る気がしていた時、
男はまた歩き出して、
また私をとある所に連れて行った。

水だらけの世界だ。

私を水で濡らそうとしている…!

なんなんだ、この男は。

私の世界まで壊して、友まで流した。

私をどうする気なんだ、この男は。


蹴ってやる!

引っ掻いてやる!

やめろ!やめろっ!

また引っ掻いてやる!

離せっ!水なんかやめろ!

離せーーーーっ


一通り男との攻防を終えると、
私は若返ったように綺麗になっていた。

爪も、ヒゲも整えられ、
身体中、もうどこも痒くもなかった。

対照的に男の身体には
私の引っ掻いた痕が赤く腫れ上がっていた。

友の虫たちはいなくなったが、
男は痛みも許し、それ以上に私を撫でてくれた。


その後男は
毎日のように私のところへやってきた。

"名前"というものをもらった。
それは魚みたいなおかしな名前だった。

男はその名前で私を呼び、
ずっと私を撫でてきた。

男はよく陽気になった。

絵柄の綺麗なビールと呼ばれる
飲み物を好んで飲み、
そうすると次第に陽気になっていった。

それからいつも以上に
「おまえはかわいいなぁ」
と私を撫でた。



人間はいつだって怖かった。

私の世界は虫たちとだけの小さいものでいい。

あまり私に触れるなと思っていた。

男は、私の世界を壊した。

壊してから、新しい世界を作ってくれた。

その世界は優しく、温かかった。

男に触れられることは、不思議と怖くなかった。

男にも家族ができた。

私の毛艶のように美しい綺麗な奥さん。

そして小さきふたりの子供たち。


私の世界も、満たされていく。

ああ、世界はこんなに広くて、
男の目のようにキラキラとしてたのか。


ありがとう、雅樹。

ありがとう。




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この記事は
雅樹(かつお)さんの第2.5回目のサポート企画
記念して、再度参加させていただきました。

雅樹(かつお)さんは
私のnoteの世界を広げてくれた、大切な人です。

その大切な相棒かつおくん目線で、
雅樹さんのことを描けていたら嬉しいです🐰


私をサポート?!素直にありがとうございます。あなたのサポートは、真っ赤で、真っ黒で、時に真っ青なましろが真っ白になれるよう、note内で活かされ続けます。