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骸骨探偵は死の理由を求む 第13話 ~河原木の記憶1~

 僕は金曜日、いつもどおり大学の授業に出てから部室へ向かった。

 文化部の部室が集まる部室棟は、5限の授業が終わる夕方になると、一際賑やかになる。

 漫画研究部、演劇部、英語部、天文部……

 文化祭が近いとあってか、どこの部活もいつもより賑やかだった。

 何より賑やかだったのが、ここ。イベントサークルだ。

 合コンやBBQなどいろんなイベントを常に企画しているが、文化祭は特に力を入れているようで、毎年のように規模の大きいイベントを開催して好評を得ている。

 文化祭の直前にならないとイベント内容を発表しないという徹底ぶりで、今回も部室には暗幕がかけられて中を見ることはできなかった。

「2年生は必ずマニュアル確認して練習しておけよ!」

 ふいにガラリと扉が開いて、男が出てきた。

「あれ、上田」

「おう、河原木。今から部活か?」

 僕の友達でイベントサークルの副部長である上田だ。

 金髪に夏にしっかり焼いたような小麦色の肌。アロハシャツにデニムのハーフパンツと上から下まで完全にチャラい。

 明らかにこいつと僕が仲良くなるのは不自然なのだが、その話はまた今度。

「相変わらず、文化祭は大変そうだな」
「まぁ、ここがイベサーの力の見せ所だしな!」

 妙に白くなっている歯を出してニカリと笑う。

「相変わらず部長は役に立たないし、俺が運営しなきゃなのは面倒くさいけどな」

「まぁ、頑張れよ」

 すると上田はキョロキョロと辺りを見回してから、僕の肩に手を回して小声で話した。

「まだ詳しくは言えないけどさ、今回のイベントはお前も楽しめると思うぜ」

「僕も?」

 僕は賑やかなのは苦手だ。だから、毎回文化祭ではイベントサークルの企画には参加していない。

 そんな僕が楽しめるってどんな企画だ?

 と不思議がっていると、部室の奥から、後輩と思われる女子が顔を出した。

「上田先輩。あれ練習したいんですけ、どこにあります?」

 僕がいるのを見てペコリと頭を下げた。

「そこの棚になかったか? うーん、誰かが持っていったのかな? ちょっと待ってて」

 後輩は「分かりました」と言って、部室へと戻っていった。

「すまん、準備に戻るわ。そういうことだから必ず遊びにこいよ! いいな!」

 上田は僕から離れると、イタズラっぽく笑って親指を立てた。

「分かった。考えとくよ」

 僕は上田と別れて、部室棟の奥の階段の方と歩いていった。

 年季の入った階段を上りきると、一気に賑やかさが遠のく。

 2階は基本的に部室を倉庫として使っている部が多いので、ほとんど人気がない。

 1階の喧騒を遠くに聞きながら、僕は一番端の部屋へと急いだ。

 廊下の奥に近づくにつれて、下にも負けない喧噪が聞こえてくる。

 明かりが灯った喧騒の元、“オカルト研究部”の部室に顔を出すと、部長と大量の女性部員達がワイワイと会話していた。

「やっと来たな! 河原木君!」

 奥で女の子たちに囲まれた小さな男が、手を挙げてこちらにやってきた。

 オカルト研究部の部長。白樺先輩だ。

 丸顔に丸くて大きなつぶらな瞳、ぷっくりとした小太りの体型は、さながら小熊のようだ。

 医学部の5年生で実家が大病院を経営しているとあってか、常に目をギラギラさせた女子の取り巻きが絶えない。

 白樺先輩も来るものは拒まずな性格のため、オカルト研究部はさながら白樺先輩のファンクラブの部室と化している。

「あ、河原木せんぱぁい!」

「お久しぶりですね!」

「白樺先輩と一緒にウィジャ盤?とかいうボードゲームやりません?」

 メイクをバッチリ決め、目のやり場に困るような服を着た後輩達のコミュニケーションを避けながら、僕は部長の前に立った。

 「部長が、いい情報が入ったって聞いたから来たんですけど」

 僕はちらりと他の部員達を観ると、相変わらずギラギラとこちらを見つめている。

「そうなんだよ。ねぇ、柚希ちゃん」

「はい、先輩っ!」

 部長に呼ばれ、部室の隅に立っていた見慣れないセミロングの子が緊張した面持ちでやってきた。

 パフスリーブの白いブラウスにワインレッドのふわりとしたスカートに身を包む。いわゆる清楚系女子というやつだ。

「倉持柚希ちゃん。文学部の2年生だよ」

「初めまして、倉持柚希です」

 彼女は軽く頭を下げる。

「どうも、河原木です。えっと、初めて見るけど、オカルト研究部に新しく入った子?」

「いや、彼女はイベントサークル所属だ、残念ながらね」

 先輩がわざとらしく肩をすくめた。

「白樺先輩から河原木先輩がオカルトライターだと聞いて、うちの近所にある廃病院のこと話そうと思って」

「廃病院か。いかにもって感じだね」

 いかにもな場所はガセ情報も多い。僕が訝しげに見てると

「本当なんですよ!」

 と倉持さんが真剣な顔で話すので、僕も真剣に聞くことにした。

「その廃病院って昔は産婦人科だったらしいです。
 豪華な作りで人気だったんですけど、いつからか子供が亡くなることが多いことが噂になって、呪われているんじゃないかって。
 最後は看護師さんが自殺して病院は閉鎖されたらしいです」

「自殺……ねぇ……」

「実は友達の友達がその病院に肝試しで忍び込んだらしいんですよ。

 吹き抜けのエントランスまできたら、急に羽虫が飛んでくるような不快な音がして、急に幽霊が現れたって。

 きっと自殺した看護師さんの幽霊なんじゃないでしょうか」

 友達の友達からってところがオカルトらしいが、幽霊が出現する具体的な場所や状況がある点では、信憑性はそこそこありそうだ。

 沸々と心の底から好奇心がわき出してくる。

 心霊写真は何度か撮ったことがあるのだが、未だ幽霊を肉眼で見たことはない。

 オカルトマニアとしては、死ぬ前に1度は幽霊を見ておきたい!

 ……よし、行ってみるか。

「ありがとう。有益な情報だったよ。早速今夜行ってみることにするよ」

「本当ですか! お役に立ててよかったです」

 倉持はやっと緊張を解いて、ホッとした表情で微笑んだ。

 その顔に少しドキリとする。

「どうしたのかね? 河原木君」

 色恋沙汰の話が大好きな白樺先輩がニヤニヤしながら僕の顔を覗き込んだ。

「な、なんでもありませんよ!
 情報が聞けたし、出版社にも寄らなきゃいけないんで僕はもう帰ります」

そう言うと、奥の後輩達が

「えー! 河原木先輩、帰るの早くないですかぁ?」

「もっとお話したいです~!」

「一緒にブードゥ人形?とかいうので遊びましょうよ!」

 と騒ぎ出した。

 それを白樺先輩が「まぁまぁ」と納めながら、

「またいい情報があったら、連絡するよ」

 とにやけが残る顔で手を振った。

 僕は逃げるように部室から出て扉を閉めた。

 扉の奥からは、何を話しているかは分からないが、くぐもった明るい声が漏れてくる。

 やっぱり、こういう人が多いところは苦手だ。

 それにぐずぐずしていると厄介な奴らが現れそうだ。

 僕が部室棟から出ようと歩き出したとき、向かいの部室のドアががらりと開いた。

「これはこれは、現役大学生オカルトライターの河原木殿ではありませんか」

「ありませんか」「ありませんか」

 部屋の中から腕をくんだ白衣姿の男が3人、僕の前に颯爽と現れた。

 やっぱり出たよ……厄介な奴ら……。

 僕はうんざりしている顔を隠すことなく、

「あ、どうも」

 と頭を下げて足早に去ろうとすると、3人で僕の行く先を塞いだ。

「今日もずいぶんと賑やかですなぁ」

「ですなぁ」「ですなぁ」

「いつも通りですよ。えっとカトウ部のエトウさんでしたっけ?」

「ちっがーう! 我々は科学捜査研究部、略して科捜部だ! そして……」

「部員の左藤!」「同じく部員の右藤!」

「そして部長代理の中藤である!!」

 中藤を中心にして左右に部員たちが並んで戦隊ヒーローのようなポーズを取る。全員メガネの坊ちゃん刈りなので、正直見分けがつかない。

「あーそうそう。科捜部の中藤さんでしたね」

 僕は苦笑いで答える。もちろん彼らのことは知っている。

 この科学捜査研究部は、オカルト研究部の向かい側の部室を根城にしている。どうやら、殺人事件のドラマなどで見かける科学捜査を研究している部らしい。

とは言っているが、指紋や足跡を採取する鑑識の真似事やドローンの飛行訓練など、結構なんでもありな部になっている。

 “科学”を名に冠しているせいか、オカルト研究部を目の敵にしており、ちょっとしたことで張り合おうとしたり、クレームをつけたりしてくる。

 少し前まではうちが賑やかすぎるとよく乗り込んできていたっけ。

 白樺先輩の取り巻き女子達にこっぴどく言い負かされてからは、ずいぶんおとなしくなったけど。

「いい加減覚えたまえよ! まったく!」

 こちらのジョークは通じなかったようで、中藤ほか2人は憤慨していた。が、すぐにニンマリとなんだか不気味な笑顔を浮かべた。

「まぁ、今日だけは多めに見てあげよう!
 なんせ我々は非常に気分がいいからな!」

「なんでかって?」「教えてやるよ!」

「いや、聞いてないから!」

 と言ってみたのもむなしく、3人は勝手に話を進めていく。

「我が科捜部が遂に日の目を見るときがやってきたんだよ!」

「遂に!」「遂に!」

「はぁ、そうですか」

「ふふふ、羨ましかろう!
 まだナイショなんだが、我々があのイベントサークルと手を組むことになってね!
 彼らはチャラいが、なかなか見る目があるじゃないか!」

「壊されないか心配だけどな」「高額だからな」

 中藤は鼻息を荒く、ドヤ顔でニヤニヤしている。

 顔には「知りたいだろう? 聞いてくれていいんだぞ?」とあからさまに書いてある。

 ナイショなんじゃないのか……?

 こんな調子じゃ、いつまでも絡まれてどんどん予定が遅れてしまう。ここは例の手を使うしか……。

 僕は勢いよく、窓の外に指を差した。

「あっ、あそこにアダムスキー型UFOが飛んでる!」

「なに?」「どこだ?」「写真を!」

 中藤たちが窓に目を奪われた隙をついて、彼らを押しのけ一直線に階段へと走った。

 後ろで何やら大声が聞こえたようだったが、聞かなかったことにしよう。

>>>第14話に続く


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