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『パラソルでパラシュート』

これこそ現代の物語。


『パラソルでパラシュート』一穂ミチ

第165回直木賞ノミネートで話題をさらった『スモールワールズ』著者、感動の長編小説!「できること、やりたいこと」何もない――。大阪の一流企業の受付で契約社員として働く柳生美雨は、29歳になると同時に「退職まであと1年」のタイムリミットを迎えた。その記念すべき誕生日、雨の夜に出会ったのは売れないお笑い芸人の矢沢亨。掴みどころのない亨、その相方の弓彦、そして仲間の芸人たちとの交流を通して、退屈だった美雨の人生は、雨上がりの世界のように輝きはじめる。美雨と亨と弓彦の3人は、変てこな恋と友情を育てながら季節は巡り、やがてひとつの嵐が訪れ……。(Amazonより)



本屋大賞にノミネートされている『スモールワールズ』も面白かったけど、個人的にこれはその上を行っていた。

大阪が舞台でお笑いが大事な要素になってるからってこともあるけど、会話劇がめちゃくちゃ面白い。しかも無理してそう見せようとしてるのではなくて、亨の雰囲気のようにあくまで自然体で。カフェで何度も笑ってしまい、マスク着用のご時世でよかった。また、舞台のネタも素人目線だけど本当に面白かったと思う。誰かプロの協力入ってるのかな?と思うレベルで。

街の描写も共感性が高くて好き。「ドラッグストアの軒先にはみ出した山積みの雪肌精」とか誰もがクスッと来るんじゃないかな。

そういう、さまざまな笑いのエッセンスが嫌味じゃない塩梅で随所に散りばめられていて読むのが楽しくなっていくんだけど、この物語の本質はあくまで(安っぽく聞こえそうで嫌だけど)多様性であるとか、凝り固まった価値観へ一石を投じていることなんじゃないかと思う。しかもそれは蔓延している男尊女卑とかだけではなく、「お笑い」というそういう世間一般の考え方の外側にあるような世界においてもで、弓彦がUSJで先輩に説教されて自分の意見を吐き出すところなんて特に。うまく説明できないけど、わかりやすい対立構造や考え方とは違う次元で目が覚めるような気づきや心持ちが軽くなるヒントをたくさん与えてくれる。

”大人になって友達ができること、たまたま同じ会社で知り合った子とあてのない約束をすること、そこにはかたちになる安全や安心は何もない。でも、セーフティネットってこういうものだと思った。社会保障とか福祉とか、お金ありきで回っていく仕組みだけが人を支えるんじゃない。か細い蜘蛛の糸だって、編めば網になる。崖の底から這い上がるためじゃなく、笑って落ちていくために”

”わたしは、わたしを救ってくれるものを守れたらほかはどうでもいい。”

”魔法はかけられるんじゃなくて自分がかかるもの”

ほかにもたくさん、現実と向き合うってことは世間一般に合わせるんじゃなくてそこで自分の武器で自分の生き残り方をするっていうことなんだと気づかせてくれた。

常に温度感は一定で起伏は少なく穏やかなんだけど、読み終わった後の満足感は想像以上のものがある傑作だった。

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