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ぬるりと粘度を持った冬季うつの日々

頭の中にただ文字を流し込んでいきたいという欲望を常に抱えて生きている。
小さい頃は車に酔ってでも本を読み続けたし、文字を見ると吸い寄せられるように解読しようとしていた、と母から聞いたこともある。
だけど自分の求めているような文字の連なりに出会えることばかりではなく、また自分が読めるだけの体力を持ち合わせていない時もあり、どちらも悔しい。今は両方が入り混じった状態・かつ後者寄りである。

冬季うつの状態はもういつからだったか。
少なくとも10代の頃からなので結構なベテランなはずである。
今年は今までよりしっかりと症状が出ているので主治医にも相談し、この時期に対処するための薬も処方してもらった。
なんとか対処できてはいるけれど、1日が「動けない」でなければ「焦る」という内容にパキッと分かれている。
自律的に活動できていた日々よ、もう遠い昔のようだね。

意識的に歩くようにしたり、朝起きて活動するようにしたり、自分のできる範囲で気をつけてはみたのだけど、またこうして鬱々と過ごす。
もはや、こうして冬に調子を崩すことはわたしのシステムの一部なんだろうと認めずにはいられない。
そう考えてみると、自分は植物だとか、変温動物だとか、そのあたりに似ている気がしてくる。

昔、カメを飼っていた。
確か、「ペットとして飼うなら冬眠させないように暖かい室内で飼いましょう」と読んで、そのように過ごしてもらった。

木を冬越えさせる庭師の話を少しだけ読んだこともある。
大きく広がった枝を切って、木に藁を巻き付けていた。

人間は春夏秋冬と同じ形状で生きているけれど、植物やカメのことを思うと、ずっと同じ形状のほうが生き物としては珍しいのかもしれない。
住居や服装・食べ物を変えて季節の変化に適応できるようにするけれど
その中にうまく適応できない、わたしのような個体がいることだって、きっと自然なことなんだろう。

お布団に縫い付けられたように動けない日もよくある。
脳の過活動で日頃意識しづらい自分の体が重たい。
思考も感情もぬるりと張り付いて、それを剥がすことをいつもより更に難しく感じる。

はやくもっと暖かくならないかなあ。
って言ってるうちにきっとすぐ暖かくなるよと、だから無闇に焦らなくてもいいよと、自分に言い聞かせることに忙しい。
まあ、このままやっていくしかないのでしょう。

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