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自分の文化を取り戻す - 土になって手で考える

坂口恭平著「土になる」を読んだ。

「生き延びるための事務」を読んでから著者に興味を持って図書館で借りた本だ。夏休みのこの時期に読めてよかった。

わたし自身、著者のように、絵も描けば文章も書き音楽もするような人間なので、いろいろと励まされ心を一緒に動かしながらの本の旅になった。


手で身体でものを考える習慣を取り戻そうとしていて、その考えともすごくリンクする。
最近、日々書くバレットジャーナルも大きくしたくなって、ノートを変えた。
媒体を小さくして細やかに書き留めたいときもあれば、その逆もある。今は後者みたいだ。

また学生時代みたいに、大きなクロッキー帳を持って生活したいな。
ノートのサイズでわかる気分。
測定しきれない変化の波が日々自分の中にあるんだなと、持ち物などから教えてもらうことがある。


もともとわたし自身は何かと影響を受けやすくて、それが悩みだった。特に天気によって体調が左右されやすく、雨が降る前はしょっちゅう頭痛を起こしている。
晴れればすごく元気に活動する。
そういう自分を、過去に「植物みたい」と思ったことがあった。
もし自分を植物に例えるなら、晴れが大好きで、でも光が強すぎると疲れてしまい(感覚過敏)、湿気に弱い、そんな種類なんだろう。

でも、この本を読んで、もっと自然に任せてみよう、と思った。

天気が崩れてもバリバリ活動することを今まで目指していたんだけど、もうそれを諦めても良いんじゃないか。
著者とはタイプが違うかもしれないけれど、わたしも躁鬱の波があって、薬を飲みながら生活を送っている。
その中で根っこのASDが分かったこともあって、数年前よりずっと「なんとかなる」という感覚を持てるようになった。
長くものを作り続けることに焦点を当て続けて、やっとピント調整ができてきた感じだ。

影響を受けすぎるのは悩みでありながらも、影響を受ける自分でありたい、とも思う。
著者が野良猫「ノラ・ジョーンズ」とのコミュニケーションについて言っていることが印象的だった。
相手と接していて、こうかな?と思っても、その先を勝手に妄想しない。
これはわたしはしょっちゅうやってしまって、コミュニケーションで疲弊するパターンだ。
人の気持ちを察するのが苦手だという強い意識から、わたしは先回り先回りして考える癖がある。そうやって身につけてきたことも今は理解していて、見えていると思う。
だからあまり焦りはなくて、そのうち変化していくと思っている。
今までの経験から、「気づく」ことさえできれば案外すんなりと変化していけるとも思うようになった。
ずいぶん楽観的になったなあ、と思う。

自分で自分を追い詰めてしまうことが度々あって、それが自分の人生をややこしくしてきた。
もうこれ以上考えることができないと思うまで考える癖があったし、その行き着くところは自分自身への否定であることがとても多かった。
もの作りもそんな風にやってきたところがある。
とにかく自分の欠点と思えるところに何か綿でも詰めて無理矢理に表面をならし、そのまま何かにぶつけるような。

そんなやり方しか知らずに制作をしてきて、ここ数年は特に苦しい時期だった。
今は、「自分に対して寛大にならなければ続けられない」と思うところまで、やっと思考を掘りつくしたのかもしれない。
できなければできるところまでやる、を短期間ならまだできても、執拗に長期間やっていたらそりゃ身体も壊すよなと思う。

自分の健康な身体があってこそものを作れる。
ものを作れたとして、それは思ったような結果に繋がることとイコールではないし、納得できないことはこれからもたくさんあるだろう。
でも、いつでも自分が楽しめるように作り続けていきたい。

ミントだって、多くの虫にとっては劇物だ。僕には最高の香り。だから香りがいいものは、虫は寄り付かない、かつ僕が食べたらおいしい。なんと素敵なすみ分けだろうか。そんな素敵なすみ分けが行われているのが土だ。

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そして文章もまた同じなのだ。僕がいまいちかなと思った文章を人が面白いと言ったりする。だから自分では判断しない。ただ、毎日、書いていく上で僕が注意しているのは、僕が楽しく書いているか、書きたいことを書いているかってだけだ。それが僕にとっての香りの高い大葉だ。

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いつでも自分のために。自分が楽しめるように。それがおいしい大葉を見つけるコツであり、書くときのコツである。

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今日は、魚の絵を描いてみた。
細かく描き分けないと描けないタイプのモチーフは、正直言って苦手だ。
他にも苦手があって、仕事で描く時は注意して避けている。
苦手があることをすごく恥ずかしく後ろめたく思いがちだ。

でも、苦手だって楽しめるはずだ。
自分の思考が「苦手だ」って決めつけているだけかもしれないし。

結局、好きにはなれないかもしれないけど、今「描いてみたい」と思ったら、そういうタイミングなのだ。描いてみよう。
畑みたいに、長いスパンでやってみよう。

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