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銀河鉄道の父を見て

あらすじ

質屋を営む裕福な政次郎の長男に生まれた賢治は、跡取りとして大事に育てられるが、家業を「弱い者いじめ」だと断固として拒み、農業や人造宝石に夢中になって、父・政次郎と母・イチを振り回す。さらに、宗教に身を捧げると東京へ家出してしまう。 そんな中、賢治の一番の理解者である妹のトシが、当時は不治の病だった結核に倒れる。賢治はトシを励ますために、一心不乱に物語を書き続け読み聞かせる。だが、願いは叶わず、みぞれの降る日にトシは旅立ってしまう。「トシがいなければ何も書けない」と慟哭する賢治に、「私が宮沢賢治の一番の読者になる!」と、再び筆を執らせたのは政次郎だった。「物語は自分の子供だ」と打ち明ける賢治に、「それなら、お父さんの孫だ。大好きで当たり前だ」と励ます政次郎。だが、ようやく道を見つけた賢治にトシと同じ運命が降りかかる。

映画 銀河鉄道の父 ホームページより

感想

父親とは…、
子とは…、
そして、家族とは…。

 親として、子に何をして欲しいか望むのは自由だと思う。
 しかし、強制することは親にとっても子にとっても良い方向に向かうとは限らない。子が、進みたい道を応援することも、子が悩んでいれば黙って支えることも親が子の一番の味方であり続けることも大切なのではないだろうか。
 一人一人に親として子供をどう育てたいか、親の理想像が誰しもあるかもしれない。それでも、親が自分よがりになって子供に接してはいけない。
 親として、子供と対話すること。それが例え喧嘩になったとしても、良いではないか。
お互いが牽制したままでは、前には進めない。
なぜなら、親も子も1人の人間だからだ。
対話をして相手の気持ちを理解することで初めて通じ合えるのでは無いだろうか。対話するとはそういうことだと思う。片方が自分の思いを喋るのではなく、お互いにその内に秘めた事を、真に話せた時に、初めて分かり合えるのだろう。

 この映画では、主に父と息子が対話を通してお互いの気持ちを理解していく。時に喧嘩をし、お互いの言い分が食い違う場面が多くある。しかし、そこにあるのは息子の気持ちを理解しようとする父親の姿、紆余曲折しながらも必死に自分を見つけようとする息子。
親が子を信じ続け、子も親に認められようと努力し続ける。そう言った映画だった。

 私もいつか父親になる時が来るかもしれない。そんな時、親として子の気持ちを知る努力をして、最大限に応える気持ちの余裕を持てるようになっていきたい。

この詩の真意が分かった気がしました

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