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「日本が示唆するウルトラスの未来」(前編)

『ウルトラス 世界最凶のゴール裏ジャーニー』出版記念 特別寄稿 ジェームス・モンタギュー=文  田邊雅之=翻訳・構成

「エミレーツスタジアムで抱いた、不吉な予感」

■頭の片隅から離れなかった疑問

2019年の夏が終わり、秋が訪れ始めた頃、僕は『1312』(邦題:『ウルトラス 世界最凶のゴール裏ジャーニー』)を書き終えた。でも頭の片隅には、こんな疑問が引っかかっていた。

果たしてウルトラの未来はどうなるのか? 権力に服従されることが求められ、かつ誰もが常に監視されている資本主義の時代にあって、反抗の精神と匿名性を頼りに活動してきたサブカルチャーの担い手には、いかなるシナリオが待ち受けているのだろうか?

■ウルトラスが持ち続けてきた二つの「顔」

結論から言えば、僕は楽観的な見方をしていた。確かに取材や執筆の際には、様々な問題を目にしてきた。世界の中にはウルトラスのシーンが、極右運動や組織犯罪と結びついている地域もある。 

しかし、それを差しひいても、ウルトラスは少なからぬ人々に帰属意識とアイデンティティを与えてきたからだ。ウルトラスのムーブメントは政治的な勢力も構成していたし、理想的な形で影響力が発揮されれば、社会にポジティブな変化をもたらすこともできる。   

■生き残っていくための術を身につけた集団

むろんウルトラスが抱いている価値観、何にも縛られずに、アナーキーな自由を謳歌したいという気質は、サッカーを健全でクリーンなエンターテインメントに仕立て上げ、世界中に普及させるというサッカービジネスと、必ずしも相性が良いわけではない。

だが取材で出会ったドイツの人物が語っていたように、ウルトラスは「戦う術(すべ)」を身につけている集団のはずだった。自分たちの信念を貫くため、そして自分たちが生き残っていくために。

■突如として出現した、新たな敵

ところがウルトラスの目の前には、新たな敵が突如として立ちはだかった。新型コロナウイルスである。

ヨーロッパの各都市には外出禁止令が敷かれたため、僕もロンドンで試合を観たのを最後に、スタジアムに足を運ぶのを断念せざるを得なくなった。
昨年2月、僕はセルビアの友人3名、いずれもレッドスター・ベオグラードのウルトラスである連中をつれて、母国のイングランドに戻った。そのうち2人は「デリイェ」という、高名なグループのメンバーだ。

ロンドンに到着した僕たちは、まずミルウォール対バーミンガム・シティの試合を観た。結果は0-0の引き分け。試合会場は凍えるように寒かったし、内容はそれ以上に退屈でお寒いものだった。

■何が何でもミルウォールが観たい

この試合をわざわざ観に行ったのには、やむにやまれぬ事情がある。ミルウォールのスタジアムはロンドン南部に位置している。ここにほど近い場所を舞台にした英国のシットコム(一話完結のコメディシリーズ)、『オンリー・フールズ・アンド・ホーセズ」は近年、セルビアで大人気なのだ。しかも「デルボーイ」という名の主人公は、サッカーファンだという設定になっている。

実際には、デルボーイがミルウォールを応援しているのか、あるいはチャールトン・アスレチックのファンなのかは、ドラマを眺めていても今ひとつはっきりしない。ならばわざわざ、ミルウォールにこだわる必要はないはずだ。僕がそう諭しても、3人の友人は何が何でもミルウォールの試合を観に行くと言って聞かなかった。

■ノースロンドン、エミレーツスタジアムへ

次の日、僕たちはロンドンの反対側に足を運んだ。エミレーツスタジアムにおいて、ELの決勝トーナメント1回戦、アーセナル対オリンピアコス戦のセカンドレグを観るためだ。

この試合を選んだのには、もっと真っ当な理由がある。レッドスターとオリンピアコスのウルトラスは、深い友情で結ばれてきた。これはどちらのグループも、キリスト教の同じ宗派(ギリシャ正教とセルビア正教)に属していることが主な理由になっている。

事実、試合前に7番ゲートに行くと、オリンピアコスのウルトラスが、セルビアからやってきた遠来の客を大喜びで迎えてくれた。彼らは僕も同じようにハグしてくれたが、いささか訝っているのははっきりとわかった。

■アーセナルとオリンピアコスによる極上の戦い

試合の内容は、ミルウォール戦とは比べものにないほど盛り上がった。
90分の時点では、1-0でオリンピアコスがリード。しかしファーストレグではアーセナルが同じスコアで勝利していたため、決勝トーナメント勝ち上がりをかけた戦いは、延長に突入する。

ここでアーセナルは、オーバメヤンのゴールで同点に追いつく。その瞬間、ロンドンの古豪はアウェーゴールの差で、ついに難敵を振り切ったかに思われた。ところが延長後半の終了間際、オリンピアコスのユセフ・エル=アラビが劇的な決勝点を決め、大番狂わせを演じたのである。

■不吉な予感が現実のものとなる瞬間

でも僕のまぶたには、なぜか別のシーンが強烈に焼き付いていた。オリンピアコスの太ったオーナー、エヴァンゲロス・マリナキスが歩き回りながら、ギリシャから遠征してきたサポーターと握手を交わしている場面だ。

試合の10日後、不吉な報せが届く。内容はエヴァンゲロスが、コロナウイルスに感染したというものだった。

僕はこのニュースに慄いた。それまでは、コロナウイルスが世界的に蔓延しつつあるという報道を耳にしても、今ひとつ実感はなかった。だが世界のどこか遠くで起きているように思えたパンデミックは、ついに僕たちの日常生活にも忍び寄ってきていた。
中編に続く


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