創作大賞2024応募 漫画原作部門  「トランスフォー”メタル”」第1話        #創作大賞2024#漫画原作部門

#創作大賞2024
#漫画原作部門

「トランスフォー”メタル“」あらすじ(299文字)
ごく普通の会社員が立ち寄ったライブハウスで開催されていた「叫んで歌っていいよパフォーマンス大会」に参加してシャウトしたら、周囲がびっくりするほどいい声だったことで優勝し、本人のとまどいをよそに弱小芸能事務所の女社長にバンドに引き入れられてしまう。会社にさしたる不満もなく暮らしていた主人公だが、なんとなく溜まっていた不満や理不尽を吐き出したことでバンドのスタイルも日々の違和感、ひずみなどを突いた歌詞を過激なメタル曲に乗せて歌うものになる。本業がバンドになっていく中で、会社員は仮の姿になっていく人生の逆転と、新たな自分を見出しまったく異なる世界でも生きていける道を切り開いていく主人公の姿を描く。

「トランスフォー”メタル“」 第1話(9727文字)

「おはようございます!」さわやかな声でオフィスに入ってきたのは愛宕物産入社3年目になる京極龍樹だ。長身でストレートヘア、大きめの目が人目を惹く。本人は意識していないが周囲からはイケメンと認定されている。性格も穏やかで優しく、誰もが認める好青年なうえに複雑な仕事を任せてもしっかりこなす、派手さは少ないが真面目に取り組む姿勢が好印象の有望株だ。

龍樹は席に着く前に「山崎さん、おはようございます、今日の資料すぐにアップデートして最終確認いただくように送りますのでよろしくお願いします!」と課長に告げて、すぐにPCを立ち上げて資料を開いて作業に入った。「おお、よろしくー。わたしが確認したら部長に最終説明しちゃおうな」と、上司である山崎も返事をしつつ部長席に最終ブリーフィングの時間の確認に向かった。愛宕物産は中堅商社だが最近エネルギー事業に参入し、業績を伸ばしつつある。龍樹は石油に代わる水素ガス輸入のための営業として、資源から液化水素を取り出す技術を持つ海外企業との交渉にも参加し、先輩たちから学びつつ結果を出している。龍樹自身も仕事の面白さが少しずつわかりかけてきた時期でもあり、意欲的に取り組んでいる。今日もこれから海外取引先の担当者とその上司との会議があり、資料の最終確認をするべくPCを立ち上げた。

そこに入社6年目の白井が声をかけてきた。彼は同じ業務担当ではないし、指導員でもないが何かと接触してくる。「京極くぅん、これさあ昼までにブラッシュアップしといてくれないかなあ、俺これから中国のメーカーとの打ち合わせなんだよねえ」と、自分がやるべき仕事を押し付けてくる。今日は水素ガスチームは合弁前哨会議でバタついているのが分っているのにわざわざ頼んでくる。しかし龍樹の会議は10時から始まるのだ。そんなものやってる暇はないし、そもそも引き受けるべき仕事でもない。龍樹は「白井さん、大変申し訳ありません、僕10時から部長と課長と一緒に豪州企業さんとの会議が入っていますのでそのあとでもよろしければ対応できますが」と、柔らかに、でもしっかり断った。内心「これっていやがらせだよなあ、人が忙しいところに付け込んでくるよないつも」とムカついたが先輩を無碍にも出来ず、にっこりを忘れずに返した。白井は明らかに機嫌を損ねた顔をして聞こえよがしに「ああーそうなの、いいねえ優秀な子は部長と会議!そうなの!じゃいいよほかの人に頼むから」と言い捨てて本当にほかの標的を探しに行ってしまった。白井は人に頼み込んで作らせた資料を自分の成果として提出したりプレゼンのネタにしたりする狡猾な人物で、上司たちからの受けも悪いのではあるが異動させようにも引き取り手が居ないという若いのに残念な存在である。自分でやれと注意されても逆ギレしたり体調不良だと言って休んだり困った存在だ。しかし鮮やかにそんな白井を撃退した龍樹はしっかり会議資料を確認し、課長の承認を得て最終版を部長に提出し、会議に臨んだ。

オーストラリアの液化水素生産に着手し始めた企業と日本の水素ガス販売を手掛ける会社との合弁を取り付けるべく、龍樹たちの部署は新規事業部として昨年立ち上げられ、龍樹はそこに配属された。今回の日本での会議で契約の前哨を取り付けて今後の本格的な日欧の合弁契約に進められれば会社としても大きな実績のひとつになると目されているのでしぜんと部内、チーム内には力が漲っている。

社内での会議のあとはランチョン、夜は営業本部のボスを交えての夕食会と、レストラン選びから食べられるものダメなものを相手側に訊いてメニューを選びお酒も選びとやらねばならないことは多く、時に帰宅が深夜になることも増えて来た。仕事ってそういうものなんだな、と組織の中で生きて行くことの広範囲に及ぶあれやこれやを嚙み締めつつ、今日も龍樹はそれでも元気に働いていた。

ある月曜日の朝、龍樹は「今日は紙と生ゴミ出しだ!」とゴミ出し袋を持ってアパートを出たが、ゴミ収集場に今日は出せないはずの資源ゴミを捨てている高齢女性がいて、「えーーー知らないのかな、ダメだよこれって」と思い、やんわり今日は資源ゴミの日じゃないと伝えようかと思ったところ、その女性は気まずそうにそそくさと立ち去ってしまった。(わかってやってるのか、だから俺と目が合ったら逃げたのか)と、なんでそんなことするんだろうかと理解に苦しむ思いを抱えつつその資源ゴミを脇に置き直す程度しかできず自分のゴミを出して会社に向かった。細かすぎるよなあと思いつつ、正しくないことをぬるぬるとやった者がなんとなく得したような状況が心に引っかかった。

出社すると同じチームの2年先輩の浅上美奈子が話しかけて来た。「おはよー、こないだのガス会議うまく進んでよかったねー、わたしたちも分析のしがいがあるよ!」と背中を押すように言ってくれた。「ありがとうございます、分析結果が素晴らしくて僕らもメーカー選定やりやすくて、ほんと助かります!」と龍樹も素直に返す。

そんな和やかなやりとりを白井は苦々しく見ていた。白井は浅上のことを密かに狙っているのだが浅上は彼など気にも留めず、誘いがあってもうまく躱していて避けられていることすら相手に気取らせない。が、白井は浅上がほかの男性社員と話しているのを見かけるとあらぬやきもちを焼いて勝手に不機嫌になっていた。

先日の前哨会議の手ごたえが良く、とんとん拍子に本契約まで進みかけた水素ガスプロジェクトだったが、やはり相手も海千山千でやれ口銭が高すぎるだ販売ルートが少ないだのゴネ出してちょっと雲行きが怪しくなって来てしまった。

プロジェクトの改訂が必要となり、部を挙げての見直し作業に入らざるを得ず、これまで順調に運んでいた龍樹の会社生活は一気に試練の時期になっていた。

「契約の弱点を洗い出して、販売ルートも2割増し出来ないか交渉しないとならん、京極さんプラン立てられるか?」と、さすがに余裕がない山崎がかなりハードルの高い指示を出して来た。「やってみます!」と即答したものの、経験値の少ない自分にどこまでやれるのか、龍樹にはまるで自信が無かった。それでもやるしかない、仕事だから、と己を鼓舞して契約書の読み直しから初めて悶々と残業の日々が続いた。
「船って東邦重工さんから回してもらえるんですかね」
ふと1年先輩の伊瑠間がつぶやいた。
「去年日本で初の液化水素運搬船製造建造したっていうので営業第二部が交渉に行ってるけど、どうなってんだっけ」
「だめなら海外の船会社を当たらなきゃだけどなあ、営業二部の剛腕部長にがんばっていただくしかないよなあ」と、山崎も加わって、輸入についての問題もまだまだ解決していない事に空気が重くなる。

そもそも液化水素を輸入すること自体が日本では誰もやったことのない事業で、特別に開発された運搬船を持つ重工業会社に船を回してもらえるかどうかも、ガスそのものの契約以上に厳しい関門である。

トップ商事会社たちの隙間を縫うようにして漕ぎ着けたプロジェクト、失敗するわけにはいかない。たとえ自分のような経験の少ない者であってもやるからにはプロフェッショナルであらねばと、あちらもこちらも紛糾しはじめた契約を部内総出で見直す日々の中、龍樹は戦っていた。
「がんばるだけじゃダメなんだよな、手練手管、人脈、なんなら各国政府とのコネまでも使ってあの手この手で進めなきゃならないんだ。。。俺みたいに地道にやればなんとかなるというのでは押しても引いても無理なのかも」と、自虐的にさえなってしまったが、元が真面目な性格な龍樹は、ひたすら愚直に立ち向かうしかなかった。

残業も産業医の監査が入るほどの月45時間を軽く超えるようになって、いったんいまのフェーズで豪州とは仕切り直すことになったという部長の判断が出たので、龍樹はヨレヨレになりながら帰宅するべく電車に乗った。日頃さまざまな音楽を聴くことが趣味のひとつなのだが、それすら最近は出来ていなかった。スマホに取り込んだたくさんの曲の中から、何気なく選んだのはアメリカのメタルバンド。疲れた心身と脳にガンガン打ち込まれるようなパワフルな演奏と歌が逆に心地よく、今まで感じたことのない奇妙な安らぎすら感じた。

「はああ、こういう強烈な音って、ノリノリで聴かなくてもなんかすごく楽しめるんだな、心の叫びみたいな?」 “ぶっ飛ばせ現実を、ぶっ壊せ既成概念!”と叫ぶ曲がいつもと違って何故かすうっと心に沁みわたっていくのを感じた。

ふと、“こういう過激なバンドの人ってどういう日常を送ってるんだろ、インタビューとかでは「気に入らないやつらはぶっとばーす!」とか歌詞そのものの演技みたいな受け答えをしているのを見たことあるけど、それってそこも含めたネタ作りなんじゃないのかなあ、本当にそんなに尖がってたら暮らしていけないんじゃないか?”と考えてしまう。

ショービジネス界なんて今やサブスクの向こう側、インスタなどでプライベートな動画を流す者も多数いるが、それも再生回数=金になるからで、あくまでも開示出来るものしか出さない。そりゃそうだ。
まあ、女優が肉じゃが作りましたってインスタにあげたら忙しいのにえらいだの、美味しそうですねだの5万件もいいねが付いたりするんだから不思議なものだよな。
と、なんだかひねくれた見方までしてしまい、“いかんいかん疲れているんだ、ネガティブになってる”と、首をぐるっと回して気分転換を図った。

“そうだ、モツ煮込み食べたい!”と、思いついて龍樹は地元の駅の2つ手前にある駅のモツ鍋屋に行こうと思い立ち、電車を降りた。
駅から近いその店は時々立ち寄る、味わい深い鍋や煮込みがおいしい隠れ家的な店だった。
が、その店のすぐ手前になにやら花が飾ってあり、新規オープンの店らしく人が多く集まっていた。
”カフェか何かかな“と目をやると「祝開店 ライブハウス New Era様」と祝い花がいくつもあり、にぎやかな様子だ。
開店祝いのイベントを開いているようで、「あ、今日は2杯めまではドリンク半額ですよ、それと『好きなように歌っていいよ』って思いついた歌詞で好きなようにメロディも付けて叫んで歌っていいよパフォーマンス大会やってますんで、参加費も取りませんのでよろしかったらどうぞー!」と、黒服ならぬ、黒Tシャツのお兄さんに呼びかけられてフラッと入ってしまった。

龍樹はライブハウスなるものには今まで入ったことがなく、そこはバーコーナーもあり、軽食も出し、ステージはしっかりある広い空間だった。
”プロじゃない人も参加するってあるのか…“と勝手も何もわからず、好奇心だけで入ってしまってあたりを挙動不審気味に見回す。

20時から開催!とさきほどの黒Tシャツの彼が告げると、バンドメンバーがステージに上がり、位置に着く。
“ええー、バンドが演奏してしろうとに付き合うのか?大丈夫かこれ!しかもタダだったりどうなのこれ!”とビジネス気質が邪魔をしかける。
別にこの店の収支がどうなろうと龍樹とは関係ないのだが、賃料にみあった収支が出せるのか?とか自動計算してしまう自分がおかしくて内心笑ってしまっていた。
客はそこそこの入りで、ドリンク半額なので(とはいえ一人2杯まで)けっこうな盛り上がりになっていた。バンドが元気な曲を演奏し始め、それが終わると黒Tシャツの彼は今度はMCになり、慣れた感じでしゃべり始めた。

「本日はここ、新しくオープンしましたライブハウス、New Eraにお越しいただきありがとうございます!わたくし店長のマックTと申します! 名前の由来は真っ黒Tシャツだからです!はいそこ笑うとこね!拍手ありがとうございますー!
さて、今日はオープン記念のイベントをご用意させていただきました!その名も「叫んで歌っていいよパフォーマンス大会」!!
日頃いろいろ抱え込んでいるであろう皆様、そこのあなた!
今夜はそのいろいろを歌ってもシャウトしてもいいから思いっきりぶちまけてすっきりしてお帰りいただけたら良いと思ってますので、どんどんエントリーしてください!
優勝者にはここのバーカウンターのドリンク半年タダ券差し上げます!
出演希望の方は、カウンターにある用紙に名前でもHNでもいいですので書いて、用紙の隣のボックスに入れてってくださいね。30分したら締め切るのでよろしく!!」
と、店長だったんか!な彼はしゃべるだけしゃべってステージを降りてカウンターに入った。

客たちは口々に「楽しそう!」「やってみるー!」などと言いながらカウンターに置かれた用紙に名前やらHNやらを書きこんでボックスに入れていた。
龍樹は、ハイボールを半分くらい飲んでいたが、酔うには至らず、しかしこのところの仕事やらうざい先輩やらゴミの日取りを守らない人やらの公私もろもろイラっとすることたちを思って“よーーーし、叫んだらスッキリするかも!!”と、普段ならそんな目立つようなことはしようとも思いもしない質なのに、用紙には「きょうりゅう」と書いて、ボックスに入れた。

なぜ「きょうりゅう」なのか。彼の苗字の「京極」の「きょう」と名前の「龍樹」の龍の字を「りゅう」と読んで、小学校のころ、「たつきちゃんの名前、龍って漢字かっこいいよね、苗字には京ってあるから、きょうとりゅうできょうりゅうってなるね、班の名前とかに使ったらかっこいいよぉお」と、仲の良かった直人くんがこじつけとも言えるネーミングを作ってくれたことがあったのを思い出したからだ。
そういえばそんな楽しいことを思いついた直人くんは、実はものすごい才能の持ち主で、いまやサッカーJ1の選手になっている。俺のことなんて覚えてないだろうなあ、となんだか切なくなって来てしまった。

さて、締切の時間となり、マックT店長が楽しそうにボックスから一枚ずつ用紙を取り出して読み上げる。
「多数お申込みありがとうございます!ではランダムに用紙を取り出しますので、呼ばれた方はステージにお上がりください!」と客を促した。
会社員だろう中年男性は、あるあるな会社への不満をせつせつと歌って鐘ふたつ。しかし、なんにもないところから哀愁漂う演歌風味のメロディーを即興で演奏出来てしまうバンドメンバーのうまさよ、と、龍樹はそっちに心を奪われた。

アイドルやってみたかったんでーーす!という学生風の若い女性たちが5人でステージに上がって、これは既存のヒット曲を振り付けもつけて「生演奏で歌いたかった!」とノリノリで披露。

しっとりとシャンソン風に自作の歌というスマホに取り込んだ音源+バンドでセミプロ風に歌い上げる女性やら、ギター持ち込みで歌う男性もいて、うまい人は本当にうまい。

”俺まったく歌とか無理なのに、やっぱりやめておけばよかったかな、場違いすぎるなこれ…辞退しようかな、恥かくよなあ…”と、龍樹はすっかり怖気づいてしまい、どうしようかと思っていると、「さてー最後のエントリーとなります、「きょうりゅう」さん!どちらにいらっしゃいますかあああ?」と呼ばれてしまった!
名前もさることながら、最後の出演者なのでみんなが振り向いて探す、エントリーしておいてビビるのもおかしな話だが、龍樹は緊張MAXで「はい...」と挙手して、周囲の客にそれイケーとばかり押し出されるようにステージに向かい、マックT氏にステージに引っ張り上げられた。

「今日はどんなご気分でこちらに参加されたんですか?見たところとってもさわやか好青年な方ですね(にこにこ)」とマイクを向けられ、「え、えーと、今日は向かいのモツ鍋屋さんに行くつもりだったんですが、こちらの開店祝いを見かけて何となく...」
「ああ、何となく!ですよねー誰も知らないですもんね、いいんですよぉーありがとうございます、入ってくださってエントリーまでしてくださって、ここでお会いしたのも何かの縁ですから、思いっきり吐き出してってくださいね!」と、マックT氏は口から生まれたような、いわゆる立て板に水というか、しゃべり上手で龍樹は釣り込まれるように「はい」と言ってしまっていた。

「ええと、なんか最近忙しくていろいろ気にしなくていいかもだけど気になることが増えてしまって、ちょっとストレスかなって」
「なるほおぉどおおお、あるあるですよねえ、じゃんじゃん吐き出してってくださいね、じゃ、どんな感じでいきますか?」
「メタルっぽいので!」龍樹は先程まで聴いていたメタルバンドの音が楽しかったので、そのバンドの名前を出して「それっぽい感じがいいです」とまで言ってしまった。
マックT氏は、「おおお、それはなかなかに玄人好みですねえ、バンドさんどうですか?」と水を向けると、バンドメンバーは「OKっす」と楽器を鳴らして応じる。
「ではーー、思いっきり歌っても叫んでもいいですから、どうぞ!!!」
と振られて、どのタイミングで始めたらいいかもわからなかったが、ままよ!とばかり龍樹はスタンドマイクに走り寄った。

「あーもう仕事が渋滞しちゃってめんどくせえええ!みんな一生懸命やってんだよ、失敗させらんないんだよ、成功させなきゃならないんだよ、ああああ大変なんだよぉおおみんなで頑張ってんだクソー!!!!」

と、厳しい局面に立っている仕事への鬱憤を叫び、そうなるとあれもこれも出て来てしまって「決まり守らないヤツ、うまくやったとズルしていい気になってるつもりのヤツ、ざっけんなよ!!うぉおおー」
「ついでにクッソ野郎もいらねえ、仕事できないのみんな知ってる俺も知ってる、ちゃんとやれよまったく許せねえ、先輩にちょっかいだすなよ迷惑してんだぞほんとは!ざっけんなマジでええええええ!」
と一気にまくしたててしまった。

歌でもない絶叫の後、我に返って龍樹は「ひゃーなんだこれやっちまった!」と呆然と立ち尽くしていた。
客席はびっくり?したように静まり返って皆ステージの龍樹を見つめている。
龍樹には永遠のような長さに感じられたその時間はほんの数秒、客たちは歓声とともに拍手喝采でヒューヒューと口笛まで出て大喜びしていた。

やっちまった感で自己嫌悪に陥った龍樹はヨロヨロとステージを降りて、一秒でも早くこの場を立ち去りたかったが、ほかの客に良かったよーすごい声いいねえ!素敵です!とかなんで褒められるのかわからず、去るに去れない状況に追い込まれていた。

その後優勝者を決めるシンキングタイムに入るとマックT氏が客席にアナウンスし、バックヤードに下がっていった。 ほんの数分してマックT氏が改めてステージに上がり、「いやーみなさん今日が初めての方もそうじゃない方もいらっしゃいましたが、お上手!すばらし!
ほんっとわたしのほうが楽しんじゃったくらいでしたよぉおお、んふーーー。ありがとうございました。」と挨拶。
「ではーーーー、本日の優勝者さんを発表しちゃいまあーああす!どなたも素晴らしかったので決めるの難しかったんですけどぉおおおーーーーーーーーーー」

ここでドラムロールが入り、いやでも盛り上がって来る。
「優勝者は、最終登壇されました「きょうりゅう」さんです!
ド迫力のシャウトが良かったあああ、審査員全員一致でしたああ、おめでとうございまあーす!」

“え?なにそれ、あんなのでいいの!???”
と、拍手で迎えられてしまった龍樹は、なんだか申し訳ない気持ちでペコペコしながらステージに呼ばれた。
「日頃真面目にやってらっしゃる方ほどストレスが溜まっちゃうものですよね、わかりみですぅうう、世の中ままならないことだらけですけど、心の叫び吐き出してスッキリされましたか?聴いてるみなさんもすっごくうんうんってうなづいてらしたんですよ!」とマックT氏が持ち上げるのがいたたまれなくて龍樹はうつむき加減に「はい、スッキリしました。なんか、声出すといい気分になったような感じでした」と、さきほどとは打って変わってやっと聞き取れるような弱弱しい声で答えるのが精いっぱいだった。
約束通り半年分のドリンクタダ券をもらって、おめでとうと周囲からもバンドからも拍手をもらって、恥ずかしかったりちょっと嬉しい気分の龍樹だった。
さすがに長居もよくないだろうと、龍樹がマックT氏に礼を言って店を出ようとしたところに、「ねえ、きょうりゅうさん。ちょっといいかしら」と、彼と立ち話をしていた派手な女性に声をかけられた。
「あ、はい」とあいまいに返事をしてしまった龍樹に、女性は「マックが店出すっていうから来てみたんだけど、面白かったわ、イベント。 特にあなた。何か歌ったりしてたの?」
「いえ、全然です。今日も歌ってわけじゃなくて叫んでただけですし」
「そうねえ、その叫びがなんか今時じゃないっていうか、あら失礼、なんていうのかしらプリミティブ感満載でよかったのよね。」
「あれ、デキリコさん、意外とまともに見てたんだねえ」と、隣のマックT氏が茶々を入れる。
「何言ってんのよ、あたしは海山三千万くらいのプロなのよ、耳にも目にも狂いはないわ」
「そのヤマ勘がなあ(笑)」
「お黙り!」
と、龍樹そっちのけの漫才状態の二人であるが、ふとデキリコと呼ばれた女性が真面目な顔になって「あなたバンドに入って歌わない?」と、とんでもない提案を言い出したのである。

「は??」

何秒かおいて、何を言われたのかわからない龍樹が、やっと息をした。

「デキリコさん、そりゃいきなりすぎないかい? 今日のは余興みたいなイベントだったのに仕事しないでよぉ」と、流石のマックT氏も引き気味になっていたが、デキリコは本気のようだ。
「原宿でスカウトするんだってシロウト相手じゃないのよ、今日はそれがここだったってだけだし、シロウトにしちゃ面白すぎる素材じゃないのこの人」
「いや、本人さんびっくりしちゃって顔白くなってるし」
「ここのライトが暗いだけでしょうよ」
「あー、ああいえばこういうでほんと強引なんだから」
漫才が続いていたが、あまりのことにぼんやりしていた龍樹は、だんだん体温と正気を取り戻しつつあった。

遠くで聴こえている二人のやりとりは、
どうも自分をバンドメンバーにしたいらしい、ということ。
マックさんはあんまり乗り気じゃなさそう、ということ。
なのが分かってきたので、深呼吸して気を落ち着かせて状況を把握しようとした。
「あの、そういうのってあるんですか本当に。都市伝説じゃなくて。スカウトって?」
龍樹のすっとんだ質問にデキリコと呼ばれた女性はマックTとの漫才を止めて逆にぽかんとしていた。
「へっ? え? あるわよ、今売れっ子のあの人もあの子ももとはスカウトされたのよ、ほかにもたくさんいるわよそんなの、いまは二世とかアイドルオーディションとかも多いけど、逸材っていうのは発掘してなんぼってのもまだまだあるわよ」
と、でもすぐ切り返してくるあたりはさすがというべきか。
「やる気ある?バイトでもいいから、ちょっとだけでもやってみないかなあー、面白いわよ」と、押し込んで来る。

会社を辞める気はさらさらないが、どこかでガス抜きをしないと病んでしまいそうな今の状態をなんとかしないとと思っていた龍樹は、「身バレしないのなら、ボランティアだと思ってやります!」と、あれ?なんで?と言ってから思ってしまったが、そこは真面目な性格ゆえ「副業禁止」だからという頭が先に立ってしまった。
「ちょっとぉーキリコちゃんいいのそれ?強引すぎない?」と止めにはいっていたマックT氏だが、えらくあっさり龍樹が了解してしまってそっちもぽかん顔になっている。
「えっ、いいの?この人強引で有名だけど稼げてないのよ、いいのそんなんで?あなたまともなお仕事の人でしょ?」
「うるさい、本人いいって言ってんだから、あれ、でもなにボランティアって?」
「あ、いえ、あの会社やめたくないんで、副業禁止なので、お金発生しないなら仕事じゃないからって思ったんです」
「え?」
「え?無償ぅうう?」

三者三様に噛み合っているのかいないのか、思ってもみない方向に話が転がり始めたようである。

「トランスフォー”メタル”」第2話https://note.com/masayo581/n/n535708c43ae6

「トランスフォー”メタル”」第3話https://note.com/masayo581/n/n1fe39bab80c6

「トランスフォー”メタル”」補足記事https://note.com/masayo581/n/ncae9386540db


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