創作大賞2024応募 漫画原作部門  「トランスフォー”メタル”」第3話        #創作大賞2024#漫画原作部門

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トランスフォーメタル 第3話(3914文字)

まさかのバンド結成の話が異常なスピードで進んで行く様に龍樹は呆然としていた。が、本業が紛糾している今、なにか全然違うところで楽しい(のか?)ことをやってみたい、という意識がMAX状態なので、「ええいこれもなにかの縁だ、俺みたいな素人使って売れるわけもないだろうから、バンドの人たちは上手だからこのバンドがダメでも他に行って活躍出来るだろうし、俺は名前も明かさずに顔も隠せばギャラもらわないし、最悪バレても大丈夫だろう!」と、若干小ずるい考えを脳内CPUフル活用でたたき出し、少しばかり気持ちが落ち着いたので、冷静さが戻って来た。

「はい。こんな偶然みたいなことってなかなかないと思うし、僕まるで素人なのでどうしたらいいかもわかんないですが、バーチャルとかでなら顔も出さなくていいし、名前も匿名にして、それならいいかなって。全然違うことに触れられるのも人生には必要じゃないかって思いますし。」
と、言い訳みたいに御法に向かって答えた。

「あ、そうだね、顔出さないほうがいいんだもんね。どうだろ、バーチャル出来るかな。キリコさん予算組んでる?」
「えっ、バーチャル?無理無理無理無理無理よそんなの、予算無いわよ当然だけど!」と井出は金欠なのに開き直る。
「げ、ほんとに行き当たりだったんだ、やっぱそうじゃないのキリコちゃんったら、若者の未来を潰さないであげてよ!」とマックTは井出に猛抗議した。
御法は、まあ井出のいいところは勢いがあるところと思い付きは面白い、だが金勘定が下手というかザルというか、雑なところが大きな欠点なことも長い付き合いで分かりすぎるほど分かっているので、さして驚きもしなかった。
「まあね、キリコさんのことだからバンド結成のための人材が見つかって舞い上がったんだろうけど、予算までは考えてないでしょうねえ。僕も資金繰りについては今のところそこまでビッグバジェットで積んでないから、出来るところから始めないとなんだけどね。バーチャルはあんまり面白みがないというか、制限が多すぎて冒険できないんだよな…。
ちょっと考えさせてくれるかな?
じゃあ、きょうりゅうさんにも僕の連絡先、ここに書いてあるから一晩でも一週間でも考えてから答えくれればいいから。
とりあえず、今日は本当に楽しかった、ありがとうございました。
みなさんもお疲れ様でした、ありがとうございました。」
と、丁寧に龍樹と演奏家たちに頭を下げてねぎらった。

「New Era」を辞して、演奏家たちと一緒に駅までの道を歩き出した龍樹だが、自分だけ場違いとか、やっぱりえらいこっちゃだよ、とかいろいろ思いが巡って黙々と歩いていた。
ドラム担当の彼が、「あ、また会えるかわかんないですけど、一応知り合いになれたってことで、自己紹介しときます。花菱 綺羅邑(はなびし きらお)っていいます、本名っす、アホみたいなキラキラネームなんで嫌なんだけど、ドラマーやるなら面白い名前のほうがいいかもなって思い直してます。今日みんなすげかっこよくて楽しかったです!」
「綺羅邑ってすごい響きだし、輝いてる感じでいいと思う!」と、キーボードの彼が反応した。「僕、香ノ宮  凛(かのみや りん)と言います。ずっとピアノ一筋なんですけど、行き詰ってて。きょうりゅうさんが言ってたみたいに、違うところでやってみるのもいいのかもって思って今日参加したけど、実はとっても自信なくて出来るかどうか。でもやってみたら楽しかったから、これってありかなって。また一緒にできたらいいなって」
繊細な顔立ちの凛は、さきほどまではうつむき気味だったが、新鮮な体験をしたことで恥ずかしそうではあるが笑顔を見せた。
「自分は明日河 涼大(あすがわ すずはる)って言います。柔道やってるみたいに見えますけど、ギター一筋です。あ、でも水泳は得意でした子供のころ。弾けることが嬉しいんだけど、今日はじめましてのみなさんとすっごいセッション出来たって感じたし、きょうりゅうさんの叫びが面白かったし新鮮だったです。バンドって話はすっごくやってみたいです。自分でよければですけどね」と、ギターの彼も楽しそうだ。
「今日は、みなさんの演奏がとても良くて、参加した方々も思い切り表現できてたと感じました。僕は、京極 龍樹(きょうごく たつき)と言います。会社員です。芸能界っていうか音楽は聴くだけで、あー小さい頃ピアノ習ったけど、へたくそでダメでした。香ノ宮さん華麗っていうかそういうふうに弾ける人いるんだって、変な褒め方で失礼だけど、ほんと感動しました。明日河さんのギターもかっこよくて、花菱さんのガンガンくるドラムスもよくて、僕、今日メタル聴いて気分上げたから、リクエストしちゃったけど即興でもこんなにやってくれてありがたかったです。
逆に自分だけただ叫んだだけで、あとから考えたら恥ずかしいけど」
「いや、そういうのって面白いかもだよ。上手さということも大切だけど、僕らがやるならわざと外れた感じがいいのかもって思うよ!」と、凛が応える。
「じゃあ、みなさんバンド結成はOKってことですかね、御法さんに連絡する?」「する!」と、4人は勢いのまま駅まで楽しく話しながら歩いた。

敢えて連絡先は交換せずに、また会えることをお互い願いつつ、それぞれの帰路に就いた。

翌日。
龍樹は帰宅するなり倒れこむように眠ったらしく、着替えもせずだったことにアラームの大音量で起きて事態を把握した。
昨日はなんだったんだろう、あんな大声出るんだなあ、俺。
普段では知り合えない人たちと出会えて楽しかったし、ほんとにバンドとかってやれるんだろうか。でもいいや、当たって砕けても命までは取られまい!それより現実に戻らなきゃ!
と、熱いシャワーを浴びて、出社の準備を整える。
鏡に映った顔は、睡眠不足気味であっても元気いっぱいだった。

出社すると、山崎に呼ばれ今日緊急対策会議を開くので会議室予約と招集出しておいてと指示され、一気に現実に引き戻される。

緊急対策会議は、本契約に向けて見直し案が出され、その検討がメインだった。ほぼ全面的に手が入り、かなり譲歩する内容になりつつあった。
が、龍樹は納得が行かなかった。
ひととおり部長からの説明があり、内容の精査に移る時間になった。
意見があればどんどん出してと山崎から言われ、出席者はそれぞれに見直し案に対する意見を述べる。とはいえ、やはり上が出した提案を否定する者はいない。
龍樹の番が巡って来た。
「あの、すごく失礼なこと言ってしまうので、お気に障るかもしれませんが、僕の考えは皆さんと逆方向になります。譲歩は歩み寄りと言い換えれば聞こえは良いのですが、逆に足元を見られていいように使われるんじゃないかと思います。口銭が高いというのは何も始まっていないから我々の働きを見せられていないから、見えないところに金を払いたくないということなんだと思うんです。高い口銭に見合う働きをすれば先方は納得する筈です。
取引を繋ぐのはもちろんですが、販路2割増しに加えて船を押さえられたら口銭以上の答えを出せると思います。
あ、理想と言えば理想ですが、他社にこれ譲りたくないですから、僕。
多分大変だろうけど、諦めずにこじ開けたいですこの仕事!」
と、一気に思いのたけをぶつけた。

昨夜の叫びの勢いが続いているのか、以前だったら絶対言えなかった強い言葉が口をついて出た。

部長以下一同が驚いたような表情で龍樹を見ている。

”ダメか…、下っ端のくせに偉そうな御託並べてなんだコイツ状態だよな”と、凹みかけたところ、部長が口を開いた。
「みなさんの意見、ありがとう。
概ね見直し案に落ち着きそうだけど、ここは敢えてわたしは京極さんの意見を取り入れたいと思う。会社の利益と安全を考えると、破綻が少ないであろう見直しを織り込んでみたんだが、どうにもしっくりこないなと考えてる自分がいた。が、理想とか、自分の気持ちというのは仕事には必要じゃないことが多い。だからそういうのは排除して見直してみたんだ。
でも、京極さんの今の率直な意見で、自分は間違ってなかったと気付いたんだ。そうだ、口銭が高いとゴネられるなら、それにおつりが来るくらいの仕事で返したら相手も納得するんじゃないか、押し負けて無難に収めるより、やけど覚悟で突っ込むのも時に必要なんじゃないかってね。
再度の見直しをしてもいいだろうか、忌憚ない改めての考えを聞かせてほしい」
参加者たちは、部長の思いを聞き、それなら!とさまざまな提案、中には思いつきもあったが、闊達な意見が出た。
まさかの展開になって会議は熱を帯びて終了した。

会議室を片付けていた龍樹に、山崎が歩み寄って「京極さん、何か気持ちに変化あった?」と訊ねて来た。
「いや、今まではあなたは、言葉はアレだけど、お行儀のいい人だなと思ってたんだ、実際真面目でしっかりこなしてくれてるからね。でも、今日は違った。リスクを負ってでも我々の進むべき道を開こうという強い意志があったよ。うん、とてもいいと思う」
と、普段あまりたくさん語らない彼が嬉しそうに言って来た。
「すみません偉そうなこと言ってしまって、部長も山崎さんも苦労して見直し案作ってくださったの分かってたんですけど。でもこれ、苦しそうだなって感じたので。なんか違うんじゃないかって」
「そっか、ありがとうな。おかげで会議後半はとてもいい意見交換が出来た。録音起こしザクっとまとめてもらったらそれを報告書に入れ込むから、お願いできるかな」と嬉しそうに付け加えた。

「はい!やるからには!」
龍樹の頭の中には昨日の叫びと即興メタル曲が流れていた。

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