創作大賞2024応募 漫画原作部門  「トランスフォー”メタル”」第2話        #創作大賞2024#漫画原作部門

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トランスフォーメタル 第2話(3990文字)

ライブハウス「New Era」のバックヤードというか、事務所。
一夜限りの好きに歌って叫んでいいよパフォーマンス大会にバイトで呼ばれたバンドメンバーたちがギャラを受け取りに集まっていた。
今回審査員兼ベーシストとして参加していた御法 太輔(みのり たすけ)は、お互い知り合いでもないミュージシャンたちが、即興が多いのにかなり良い演奏をしていたのを聴いて、このまま終わるのはもったいないなと感じていた。
 
御法はスタジオミュージシャン、編曲家、時にプロデューサーとして長年活動しており、音楽業界では「おたすけみのり」と呼ばれて、アーティスト発掘や育成においても頼りにされている。今回は、マックTがライブハウスを出すというので音響や設計にもアドバイスをし、余興のパフォーマンス大会の開催も手伝った。
旧知のマックの店とあれば、友人としても力を貸したいと思ったので今日はノーギャラで参加している、気のいい男である。
 
「みなさん、今日はありがとうございました。すっごく良かったです。
で、どういうきっかけで今日参加してくれたんだっけ?」
と、キーボード、ドラムス、ギターの3人の青年に話しかける。
 
キーボード奏者は、ふわふわした髪をマッシュルームカットのように厚い前髪を伸ばしており、顔が見えにくい。クリアな音と手数が多く和音が得意だった。
ドラムスは脱色したシルバーヘアに切れ長の目が印象的なクールな風貌で、ちょっと粗削りな勢いがある良い演奏をしていた。
ギタリストは、武骨な風貌で柔道選手のようながっしりした体形ながら、細かくメリハリのある音を出せる、かなり練習を積んでいる感じだった。
 
彼らはちょっと戸惑った表情でお互い顔を見合わせ、くちごもってしまった。
 
「ええと…僕は花澤音楽大学のピアノ科に在籍してます、昨年から演奏活動もしてて。ウィーンのコンクールにも出たんですけど、次点でした。
なんか行き詰っちゃってて、クラシックじゃない演奏してみたら違う世界が見えるんじゃないかって、開店前に店の前に貼ってあったバンドメンバー募集見て来ました。
誰もほかにキーボード弾く人いなかったみたいで、いいのかなって思いましたけど。本番前にちょっと弾いた程度でいいよって言われたし。簡単すぎないかって逆に不安でしたけど、即興でもできるんだなって楽しかったです。ありがとうございました」
キーボードの青年がうつむき加減で話した。
手数の多さと和音のうまさは、音大仕込みゆえ、ガチのピアニストだったわけだ。
 
「俺は、ブラバン部で大太鼓とかやってたんす、でも打楽器しっかりやりたくて、教室通ったりしてました。そっからプロのドラマーさんのとこ通って修行して勉強中っす。俺もメンバー募集見て来ました、ドラマーも誰もほかにいなかったっぽくて。俺でいいのかなって思いましたけど、できてよかったっす。つってもまだ全然実力足りてないんで
あっちこっち仕事探してまわってます。あ、猫飼ってます」
ドラマーの青年は見かけよりとっつきやすく、明るい印象だ。
 
「自分はギターやりたくて子供のころからずっと練習して、先生にもついて最近ちょっとずつ仕事できるようになって来ました。つってもまだまだサポートとかなんですけど、弾ければ幸せなんで、今日も知り合いの人からギタリスト探してると聞いたんで来ました。
テストとかなくてぶっつけなのは大丈夫かと思ったんですけど、参加者の人たちいろんな人いて楽しくて、参加出来て楽しかったです。」
ギタリストの青年は、実直な言葉で語る。
 
「みなさん、それぞれの道でしっかり取り組んで来てるからこその今日の演奏だったんだよね、いや、きょうは敢えて練習をしないでぶっつけでっていう企画だったんだ。
だから、テストなし、当日集合って張り紙にあったでしょ、あれけっこうガチなのよ。
やっぱり演奏って準備が必要だし、失敗したくないし、それを当日集合ってずいぶん乱暴だと僕も思ったんだけど、ちょっといたずら心でね。マックと決めたんだ。
案の定、応募してくる人はぎりぎりまでいなくて、やべーなと思ったらみなさんが来てくれた。こういう偶然ってあるんだね。」
 
御法は実は新しい才能を発掘するために今日の企画を打ったのだった。
確かに乱暴すぎるやり方だった。コンテストでもオーディションでもない、街のライブハウスで開店祝いの余興にまともなアーティストは集まらないだろう。
だが、それでもやって来る者が居たら、それはかなり面白い人材であろうと踏んだ。
そして目論見のとおり、ほぼ知られていないに等しいが磨けば光る人材がやってきたのだ。
 
「実は、いま新しいユニットを作ろうと考えていて。ああ、そうだ自己紹介が遅くなったけど、僕は御法 太輔といいます。あんまり顔を出さないので知らないと思うけど、ベース弾いたり音楽プロデューサーもやってるんです。
で、今日はそのユニット組む人を探す一環の企画だったんだ。
いろいろ面白い参加者さんがいて、最後の彼なんてとってもユニークで、ストレス発散の叫びが良かったよねえ。
今日は余興だったけど、もしよかったら、改めて話をしたいので、気が向いたら連絡ください」
と、3人に名刺を渡した。
「あ、詐欺とかじゃないからね。その点は大丈夫だから」
 
突然のことに驚いて固まっている3人に、「急な話でごめんね、考えてもらって全然かまわないし、いやなら蹴ってもらってもいいし、うん。
ほんと、今日はいい演奏をありがとうございました。気を付けて帰ってね」
 
と、にこにこと手を振って部屋を出ようとしたところに、
「たすけさん、助けてーー!キリコちゃんが無茶言い出しちゃった!!!」
と、マックTが乱入してきた。
 
マックTは、3人の青年たちに「あ!今日はありがとうございました!ギャラ受け取った?
すっごくみんな上手でかっこよかったです、あ、そうだこの人有能なプロデューサーさんだからお仕事もらったらいいよー!」
とにこやかに言い添えたものの、御法に向き直って今更ひそひそ声で
「キリコちゃんが来てたの今日、で、ラストの彼気に入っちゃってスカウトしちゃって!バンドやるから入らないかって」
「え、あれ?そうなの?今僕もこの人たちに名刺渡したんだけど、キリコさん来てるの知らなかったなあ、キリコさんちもバンド企画してんの?」
「いや、キリコちゃんはいっつものとおりの思い付きだもん、だから困るんだってば。たすけさんはちゃんとしてるけど、キリコちゃんは博打みたいな仕事するから浮き沈みしすぎでしょ?」
と、井出の仕事の粗さまで愚痴ってしまったところで、
「あーーー!みのりさん!今日良かったわー楽しかったああ!ねねねね、ラストの彼いま捕まえたんだけど、きょうりゅうさん!バンドやらないかって」渦中の井出が龍樹を引っ立てるように部屋に入って来てしまった。
 
「この人ねえ、会社勤めしてて副業禁止だからギャラが発生しないならやってもいいっておっしゃるのよ、お得すぎない?」
と、ブルドーザーのような勢いで御法に迫る井出、困った様子だが納得しているようなラスト参加者のきょうりゅうさんこと龍樹、井出の強引手法におろおろしているマックTとすごい構図の中、御法は冷静な判断を下した。
「キリコさん、バンドやりたいっていうのは本当?僕も彼らに来てもらえたらって名刺渡したところなんだ。きょうりゅうさんはギャラ要らないっていうのは一旦置くとして、
今日の彼の叫びはとても面白かったから、やってみたらいいんじゃないかな」
 
「えっ!たすけさんそれあり?」マックTがこれまたあらぬ方向に話が進んで目を白黒させている。
 
「ありです! とはいえ無理強いは良くないから、とりあえず今日はここまでにして明日以降みなさんが考えてくれてやるならこのメンバーとベース僕が入るから。
嫌だったらそれはそれで、お流れになってもまた違う人を探すからさ」
と、御法はマックTと演奏家、そして龍樹に向けて言った。
 
井出には「キリコさん、僕も長年キリコさんとは仕事して来て、いいところもダメなところも知ってる。何人もいいアーティスト出してくれていい仕事たくさんしてくれて、今はちょっと時代も変わっちゃってつらい時期かもだけどさ、こうして偶然みたいに原石な人たちとの出会いってあってさ、キリコさんのアンテナがビビッと反応したんなら、それは多分ホンモノなんだと思う。あとは彼ら次第だし、僕も新しい人材を常に探しているけど、なかなか出会わないんだよね。今日はすごくいい日だったと僕は思うんだ。
だから、バンド作るの僕が後押しできるならするよ。どうだろうか」
 
と、申し入れた。
井出は、まさか御法もバンドメンバーを探していたとは知らず、「みのりさんがやりたいこととあたしがスカウトしたのと、方向が違うかもしれないけど、いいの?
一緒にしてバンド作ってもいいの?」と、展開の速さに戸惑っている。
 
「いいよ、だって今日の彼らはすごく一体感あったでしょ、ビギナーズラックかもだけどさ。僕は事務所の人間じゃないから、いい人材いたらいい事務所に入ってもらって育てるお手伝いしながらさ、いい音楽作れたらいいなって思うんだ。」
と、御法は軽やかな回答。 
「え、それってウチの事務所に入ってもらっていいってこと?」
「まあ、それでいいって言ってくれたらね」と、食い気味の井手をこれまた軽くいなす御法。
「わかったわ、うん!」と、井出が意外と素直に納得したので、御法は龍樹に顔を向けた。
「きょうりゅうさん、歌うのはいいんだね、ギャラが発生しなければっていうのは特殊だけど、お仕事があるってことで副業しちゃだめなら、まずはそれを尊重します。ギャラ分は貯めておいて、いつか必要になったら使えるようにしておけばいいかもね。資金プールってことでさ」
龍樹はバンド結成の話が本当なんだと知ってますます青ざめた。


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