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酒は百薬の長

学生の頃は無茶をした。
今時の学生さんたちは世間の目もあるし、節度というものを世間から叩き込まれているだろうから「先輩から注がれた酒は必ず飲み干す」みたいな文化は野蛮、昭和、頭悪そう、みたいな印象を受けるだろう。

それはもう、本当鍛えられた。ちょっと特殊な学校だったので、畳敷のコンパ会場が学内にあって、部活や学科会など学内組織でそれぞれ新入生歓迎、卒業、その他節目やイベントごとがあれば互いに食事や一升瓶を持ち寄って宴会をするのが慣わしで、下宿生活だった私などはそういうのが連日続く時期は晩飯をその会場で済ますことができて、同時に常に酩酊、または泥酔状態だった。

これはそれでも就職後に非常に役立った。旅行会社の営業時代、自分が企画した職場旅行の添乗業務などでは、夜は当然必ず宴会が設定される。「今後もよろしく」のお酌もするし、「わしの酒が飲めんのかい!」はそこにも存在したし(時代だよね)、食事開始5分で自分の膳を平らげて(お刺身とか飲み物だった)そういったご挨拶巡りから、その後につながるカラオケタイムの司会などもやる。2次会にも連れて行っていただければ、さらにお客様と懇意になれる。これを酔わず平然とちゃんと仕事として成立させていけるだけの身体を鍛えてもらえたのだ。

まぁ、今じゃ通用しない、昔話でしかないのだけど、それだけ鍛えた体も「飲む習慣」がなくなってしまうと途端に弱くなってしまう、今では晩酌とかの習慣も全くないので、たまに「飲む場所・機会」があるとほとんど受け付けない。飲んでもあまり美味しくないし、帰宅してからがよりしんどい。

前置きが長い。

酒は百薬の長、という。
年末年始から、成人の日の3連休を経て、休みに体が慣れてしまって、しかもなんだか喉がいがらっぽい、鼻詰まりがする。なのに仕事はロケットスタートでかなり多忙で、これでエンジンがかかるかと思えば、なかなか「気持ち」の方が立ち上がってこない。

お正月にもらった御神酒がわりのお酒、今年は喪中正月で飲まなかったものがたまたま目に入り、ちょっとだけ身体に入れてみることにした。

ほんの少しのお酒

おちょこ一杯。ほんの少しだけ。
このひと口なら美味しい。甘口の清酒。

あら不思議。ちょっとあったかくなった。さすが酒に弱くなった身体。こんだけの量でも少し酔ったような状態になる。気分も良くなるじゃないか。

で、こうしてnoteに向かってもキーボードの手がちょっと加速されているみたいだ。

飲みすぎると途端に体の機能を大きくダウンさせるけれども。
この量なら、疲れが少し和らぐ。

「晩酌」の意味が今更わかったような気がする!

精神面で解(ほぐ)す効果があるのなら、どんな病気も治す「百薬の長」と認めてもいいかな、と思った次第。

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