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タイでのエピソード・その16
—その15の続き—
「 ไป สนามบินสุวรรณภูมิ(スワンナプーム国際空港まで)」
...下手くそな発音で、タクシーにこう告げた。
何度か断られてしまったが、気の良さそうなタクシー運ちゃんがつかまり、何とか時間的に余裕を持って空港に向かうことが出来た。
承諾してくれた運ちゃんも、最初は渋い顔をした。まぁ、日本と違ってタイではごくごく当たり前の風景である。
私は「ไกล นะ...OK ไหม(遠いよね...。大丈夫?)」と聞いたが、その運ちゃんは最後にニコっと笑って「OK」と言ってくれた。
空港まで約3、40分といったところ。そこまで200バーツ。つまり、当時のレートで約500円。
私は最後、感謝の意を込めてさらに100バーツをチップとして渡した。
すると、目を輝かせてお礼を言ってくれた。
「Ohhhhh ขอบคุณมาก,Mr.〜(おお〜!有難う!)」
...私はその後、笑顔で「バイバイ」と言った。
その運転手に。そして...
ロクな思い出をくれなかったタイに。さよなら...。
S氏からの着信は、とうとう一度しか無かった。
「マサヤンちゃん、いつか一緒に仕事しませんか?絶対に稼げるよ。やろうよ。」
...今になってS氏のセリフが思い出された。...もう、過ぎた事だ。
手に入れたもの...経験、若干のタイ語能力。
失ったもの...人間関係、そして多額のカネ。
(...まぁ、俺の人生なんていつもこんなもんさ。)
そう思いながら、チェックインを済ませて一人、ぼーっとしていた。もう、手慣れたもの。
バンコクに来た時の緊張が、今となっては懐かしい。人間ってのは、経験さえすればどんな環境でも適応出来るものだ。
飛行機は新千歳空港に飛んだ。私の実家は釧路だが、そこまで親が車で迎えに来てくれる事になっていたのだ。
新千歳空港に到着した瞬間、北海道の空気のおいしさにびっくりした。輪郭が無い。自然に肺に入る感じがした。
まだ残暑が厳しい時に帰ってきたので、思った以上に気温差を感じる事は無かった。
たった数ヶ月でリタイヤして帰ってきた私を、両親は快く迎え入れてくれた。
おふくろから聞いたのだが、親父は「そのうち、パスポートを作らないとダメだな」と言って、私の成長を期待し、ワクワクしていたらしい。
...その話を聞いて、胸がチクっとした。
何をやっても続かない。
何をやっても努力出来ない。
帰りの車の中で、私はまた、「ここ」に帰ってきた事を実感した。
...また、逆戻りかよ...。
——数日後、私はいつも通り、アルバイトや派遣の求人情報をチェックしていた。
30歳で特にスキルなし。こんなアホを正社員で雇ってくれる所なんて、ブラック企業以外にありえない。田舎であれば、尚の事だ。
それからまた私は、適当な仕事を繰り返し、適当にギターを弾いて過ごす事になる。
...そんなある日、私はパソコンでボケーっとYouTubeを見ていた。
ふと、バンコクの街中を撮影した動画が目に留まった。
誰も目に留めないであろう、伊勢丹とセントラルワールドがあるストリートをただ30秒くらい撮影しただけの動画。
あのボロアパートの近く...私が大好きな通りだった。
あの輪郭のある湿気100%の空気、地面から照り返すほどの熱気、アホなタイ人、どうしようもない滞在日本人たち、辛すぎる本場のトムヤムクン、甘すぎる屋台コーヒー、高級ラグジュアリーが立ち並ぶ高級デパートの数々、かけがえのない思い出たち...
そのたった30秒の動画を見て、それらのタイの情景が一気に脳内にフラッシュバックされた。
私の胸はぎゅーっと締め付けられた。
そして、同時に拳を強く握りしめた。
「...俺はまだ、あそこでやり残した事がある。また行く。必ず。」
瞬時に目標を作った私は、やりたくも無いアルバイトと派遣の仕事をし、タイに行く為の貯金を作った。
もう最低限のタイ語もルールも覚えた。今度はS氏に頼らず、自分自身の力で行く事ができるはずだ。
...こうして、私は二度目の渡タイに向け、準備を進める事になる。
頭の中でまた、S氏のとあるセリフが思い出された。
「タイってのはね...帰っても何故か、戻って来るんだよ、みんな。夢を追ってね。」
—その17へ続く—
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