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素晴らしきこの世界

恐らく、世間から見れば私は変わっている。性格も、一般的な基準で言えば良いとは言えないだろう。

だが、良く考えてみてくれ。私がやっている事は恐らく、ほんの一部の人間を除いて、誰も成し得なかった事...ていうか、考える事すらしなかった事だ。

だから、逆に一般ウケする思考の持ち主だったら、信憑性も生まれないと思う。私は、私の考えを貫く為ならいくらでも性悪になるし、孤独にもなる。その覚悟でやってる。

ほとんどの人が、「この世って何なんだろう?」という疑問すら持たずに生きている。私にとっては、それが心から不思議でしょうがない。フラットアース理論なんぞに出会う前から、頭の片隅にその疑問があった。

今の人たちを見ると、大体がその考えのカケラも持っていない。本当にクレイジーだ。

そんな人たちに「変わり者」扱いされても、痛くも痒くもない。きっとみんな、「この世は捨てたもんじゃない。この世は素晴らしいんだ」と思ってるんだろうな。

じゃあ、「この素晴らしい世の中」をたった八十年前後しか味わえないこの「人生」とやらは何なんだよ。その理不尽さが存在する時点で、どうして疑問に思わないんだ?その後に何があるんだ?

どうせ思考停止状態で、「考えたって分からないよ。だから、流れに身を任せるしか無い」とでも思ってんだろ。頭おかしいのか?

私は誓って、そんな思考になった事はない。子供の頃から、だ。

この世はおかしい。だって、そうでしょう?我々にはエラが付いてないよ。つまり、陸上でしか生きられない。この「地球」とやらを見てくれ。

約七割方が「海」だ。いや、海水の体積を考えると八割以上は海と言って良い。そして事実上、南極や北極、砂漠では生きられない。山の中でも、よほどのサバイバル知識が無いと無理だ。加えて一定以上の標高になると、酸欠で呼吸する事すら、ままならない。

そう考えると、ヒトの生存可能圏なんて、実質一割程度なんじゃないのか?普通、逆でしょう。だってここは、我々のホームなんだよ。おかしいじゃないか、こんなの。

太陽の紫外線はどうだ?殺菌効果があるとか何とか言うけど、「太陽に感謝!」とか聞くわりに、我々人間にとって紫外線は大きな驚異にもなる。

40℃を超える真夏の炎天下で、「快適だなぁ」と思って過ごす人はいるかい?

かと思えば、雨も降れば雪も降る。そう考えると、太陽光も含めてそれらをシャットアウトする屋根、建物が必要だ。さらに冬を乗り越える為の暖房も。

そもそも、ヒトの体を見てくれ。炭素生命体だよ。

油断するとすぐ酸素と結合して酸化するし、かつ恐ろしく柔らかく、脆い。我々は頻繁に病気やケガを発症し、しかも遠く離れた所に行くには乗り物を使わないといけない。たった数メートル走るだけで、息切れを起こしてしまうからね。

それでも住みやすい?素晴らしいところ?捨てたもんじゃない?

バーカ。ふざけんなよ。

どうして誰も、堂々と「この世は地獄だ、最悪の世界だ」と言わないんだ。

テレビや学校教育、音楽やその他エンタメの影響をガッッッッツリ受けて、「そんな考え方は悲しい」とか「倫理的にそういった発言は良く無い」とか思ってるんだろう。そーいうのを「洗脳」って言うんだよ。

あのさ、この世が「捨てたもんじゃ無いところ、素晴らしいところ」なら、いつまで経っても死ぬのが怖くて仕方ないと思うけどね。

そんな考えだから、「死=最悪」という思考から脱却出来ないのさ。

なんつーか、これ系のシーンの影響を受けすぎた為、何かにつけてドラマ顔負けの浪花節をきかせ、感情剥き出しに、そして大袈裟に考える様になり、結果、フラットな思考に到達出来ない。「情熱的」と言えば聞こえは良いが、私からするとそんな表現は、不安定な精神を正当化する為の言葉に過ぎない。

実際、情熱的な人ほど、いざという時モロいじゃないか。何故なら、全てを大袈裟に捉え、情熱的に落ち込むからね。危険。

私の周りでも、情熱的だと思っていた人が自殺してるよ。アップダウン激しいんだよね。決して、精神レベルが高い人とは言えない。

恐らく「中庸への旅」は、この世のネガティヴを冷静に受け止める所から始まるのだと思う。私は、だよ。そしてそれは、ほとんどの人が出来ていない。

「この世は地獄だ」と言うと、すぐキチガイ扱い。そして「うつ病」扱い。もう、そんな肉ロボット達の意見は無視。

この世の存在意義、そして自分自身の存在意義...そこに疑問を持つなど、ヒトとして大前提もいいとこだ。当たり前。即ち、「なぜ、あるのか」

「この世」に救いを求めて「愛」なんかを盲信する人は、決まってそんな事も考えた事無いし、肉体が滅んだ後の事に関しても探究しない。でも、神棚も飾るし、神社にも行くし、最後には葬式もやる。

意味も分かってないクセに何百万円もかけて、ね。

にも関わらず、「いざ」という時には、宗教、及び「神」や「メシア」なんぞに手を合わせる。どんだけ都合良いんだ、どんだけ。そっちの方がよっぽど、救いようが無いと思うんだけど。

この世がもし最悪の場所だったら...それこそ最高じゃないか。

だって、「これ以上悪いところは無い」って事になるんだよ?事実、この世には「鬼」も「灼熱地獄」も「水地獄」も、他の地獄的要素も割とぜーんぶある…と思うのは私だけなんだろうか。

地獄がたった八十年〜百年前後で終わるってんなら...「しゃーない、頑張ってやるか...」って思いませんかね。

その思考に到達すれば、まずは第一段階クリアってとこじゃないかな。「死」がそこまで怖く無くなるでしょう(怖いもんは怖いけどさ)。ていうか、「死=生」の事実を理解し、私の様に思考が逆転し始める

この世に価値が無いと言う現実を受け入れ、そして色々な事が「大した出来事ではない」と受け止められる様になってくる。少なくとも私が、そうだった。

モチロン、ただこの世を去るだけじゃダメだ。多分。「やるべき事」がある。じゃないと、この「人生」とやらの存在意義を説明出来ない。それを探すのが、私の使命さ。

——え?やっぱり腑に落ちない?そうか...

......じゃあ大人しく、私の有料記事を全部読みなさい!(笑)

以上、約2500文字のコマーシャルでした。

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