■ 第九章 : 救世主
【はじめに】
最近はずっと、部屋に籠って研究を続けていた。
北海道の真の姿が見えてきた。このまま答えに辿り着けるかもしれない。
北海道と言えば...アイヌ人が有名だろう。皆さんご存知のはず。
そういえば、彼らも髭を生やしていたんだね...。まぁ彼らの場合は法律上とか宗教上とか、そういったしがらみが理由で伸ばしていたわけでは無いだろうけど。
歴史に関しては割愛する。各々、wikipediaでチェックするのが良いだろう。
私は「アイヌ」という言葉自体が引っかけだと思っている。アイヌ人、と言う言い方をするが、私を含め、誰も「アイヌ」の本当の意味を知らない。
アイヌ語も分からないものばかり。北海道人である私も、アイヌ語に関してはさっぱりだ。
歴史上は、アイヌ人が追いやられて北海道が開拓された事になってる。でもそれ、本当なんだろうか...?
最新のアイヌの歴史を見ると、決して古く無い。このたった百数十年程度で、ここまで一般の言語が定着し、かつ以前の言葉の歴史が一気に失われてしまうものなのか...?
私はここに、タータリー帝国の歴史に似た違和感を覚える。
もしこんな大帝国が存在したなら、百数十年程度でこんな完璧に隠蔽出来るワケが無い。でも、調べると確かにその歴史がどんどん出てくる。みんなもっと、ここに疑問を持つべきだ。
基本、今の時代の「アイヌ」は商品として扱われる。「差別」は儲かるんだよ。実際、本になったり映画にもなってるじゃないか。この世はカネが全てなのだ。
不謹慎?ははは。私にも僅かながら、アイヌの血が流れている。そして、私はそれを誇りに思っている。忘れてくれるな。
アイヌ語を追いかけようと思ったが、全てをマスターするとなると流石に時間がかかる。それに、今出回っている「アイヌ語」とやらは結局、本来の言語からかけ離れ、色々と隠蔽されている様な気がする。
なので、とりあえず地名から注目してみる事にした。
ふーん...これ、本当かな?どうなんだろうね。やっぱり現代アイヌ語はアテにならない様な気もするな...。
私は北海道人なので読めるが、内地の人は読めないものもあるよね。室蘭(むろらん)や登別(のぼりべつ)なんかはまだイージーだ。
世界遺産で有名になったけど、「知床」を「しれとこ」なんて読める人は限られていたはず。
他にも倶知安(くっちゃん)、訓子府(くんねっぷ)、大楽毛(おたのしけ)、弟子屈(てしかが)などなど...読むだけでも困難な地名が沢山ある。これら全部、アイヌ語から来ていると我々は習ってきた。
再三言うが、本当に、本当か...?漢字に関しては、単なる当て字に過ぎないワケだから、もっと疑って然るべきだと思うのだ。
「第六章 : クシ」で述べた様に、聖書の一部にも北海道の地名を彷彿とさせる部分があるんだよ。
それに「第七章 : ドラゴン」でも触れているが、北海道〜サハリン(樺太)には、イエズス会が暗躍していた形跡がある。
ここには重要な隠蔽があるはずだ...絶対に。
アイヌにばかり焦点を当ててもよく分からないので、私は方向を変え、他国の民族に注目する事にした。
それは...オーストラリアのアボリジニー。これも、皆さんご存知のはず。
彼らは「世界最古の民族」と言われる事も多い。アボリジニーの歴史には、注目の価値があるはずだ。
前の章でも少し触れたが、彼らの祖先は「Wandjina(ワンジナ)」と言う、奇妙な壁画を多く遺している事で有名。
私も、Wandjinaの画像をよく使わせてもらう。その見た目はまるで、宇宙人の「グレイ」の様だ。陰謀や都市伝説の業界でも、「アボリジニーは宇宙人と交信していた」などと言ったフェイクニュースが出回っている。
アボリジニーは文字を持たない(らしい)。なので、壁画で意思疎通を図っていた...という説もあるが、まぁー何と言うか、それはウソくさい。
Wandjinaには、いくつかの共通点がある。特に今回、私の目に入ってきたのは魚。
壁一面に魚が描かれている事もある。なぜ、わざわざこんなものを描いたのだろう...?
エジプトの壁画も含め、全ての遺物に言える事だが...ここまで大掛かりなモノを後世まで遺す意味が分からないんだよね。当然、彼らはそんなつもりで描いたわけではないだろう。だが、こんなに手の込んだモノを「落書き」感覚で描いたとも思えない。ならなぜ、彼らはこんなモノを描いたのか?
それは恐らく...描く必要があったからだ。そう、例えば...
フリーメイソンのトレーシングボードの様に。
つまり、真理についての「教え」が描かれていると言うこと。その内容を忘れない為...そして、いつでも思い出せるよう、描いた。
だいたいさ、何を言っても理解してもらえないカネの亡者どもに、自分たちの文化を絵として遺そうなんて思わないでしょう?私なら、しないね。
そう言った意味でも、彼らの遺した壁画には、注目の価値がある。
魚...か。魚と聖書を結びつけるなら、やはりイエス・キリスト...「イクトゥス」だ。
それぞれの頭文字を取ると、「イエス、キリスト、神の、子、救世主」となる。
当然、そんなものを信じる様な私ではない。だが、今までイクトゥスの考察を何度かしてきたものの、「これ」といった確信を持てずにいた。
そこで私は今回、この文字列に「ある事」を施した。
すると...とんでもない事実が浮かび上がったのである。
勿論、偶然なワケが無い。ここまで繋がるもんなのか...?
だが「その事実」は、今までの考察無くしては決して、到達出来ないものだった。北海道の件に関しては、ここに来てまた強い確信を持てたと言えるだろう。
「それ」はさらに「クシ」以外の、他のアイヌ語による地名の考察と繋がるかもしれない。
Wandjinaの「魚」の表現が、「イクトゥス」の重要性と、真の意味を教えてくれたのだ。
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