大前提
おふくろがこの世を去ってから、まだ20日程度しか経っていない。
未だに信じられない時がある。
あのおふくろが、こんな形で死ぬとは…。
まぁ…それくらい突然過ぎたからね。
ずーっと追いかけてくれたフォロワーの方も、さぞかしびっくりしたに違いない。間違いなく、元気だったんだよ。
あまりにもあっけなく、何と言うか…思い入れする部分も無さすぎたというか。
そう思って私は、釧路市内の色々な場所に赴き、思い出でも拾おうと思った。
近所を歩いてみる。
でも…何と言うか、近所に彼女との思い出はほぼ無い。彼女は主に家、そして店の往復のみの人生だった。近所にすら、あまり出歩かない。床屋に行く時くらいじゃないかな。あとは老人会のイベントや選挙に行く時くらいだろう。
むしろ、彼女との共通した思い出を拾うなら、末広町の方が都合が良い。
と言っても…彼女はやはり、末広町の中でも「赤ちょうちん横丁」の近辺しかほぼ動いていないと思う。元々バブルの時代にやっていたスナックも、赤ちょうちん横丁のとなりのビルの中だったからね…。
そう考えると、彼女の人生における「物理的な行動範囲」ってのは、本当に狭かった。
「新しい事」、「新しい場所」、「新しい物」を嫌う。
嫌うと言うか…特に欲しないと言うべきか。
これを清貧と取るか、堕落と取るべきなのか。
…昔の人ってのは、大体こんな感じなのかもしれないな。こんなんだから、新しい事もずっと学べない。スマホ一つ、使いこなす事が出来ない。
そりゃあこの世に適応も出来ないし、ウイルスも信じるし、ワクチンも打つだろう。
そう考えると…私が彼女にしてあげられる事は、実質的には本当に限られていた。
ハーバライフを始めた頃の彼女の血圧は本当に高く、腸閉塞やら何やら、さまざまな重たい病気を経験していた。そんな薬漬けの彼女を、私はハーバライフプログラムで救った。
ハーバライフは…受け入れてくれた。最初の好転反応が激しかったので止めたがっていたが、そこを怒ってでも続けさせた。
その数ヶ月後…自分の体が快適であることにびっくりしていた。膝が痛くて階段の上り下りが出来なかったのも、スムーズに出来る様になった。
そして…あらゆる薬を止められた。あれが無ければもっと、ずっと早くこの世を去っていたと思われる。
私の本気が伝わったのか、ずーっと死ぬまで続けてくれたな…。「死にたくない、生きたい」という思いの強い人だったし、何より私に叱られたのもある意味、嬉しかったのだろう。
そう思い返すと、今回の死については余計、はがゆいものがある。
…私は嫌なことがあると、近所の海を見に行く。
今回もまた、思い出を拾いながら海に来た。
近所の友達の家でゲームをしたこと。児童館で暗くなるまでバスケをしたこと。公園で虫を捕まえたこと。学校のスケートリンクで転んだこと。いじめられたこと。
…「自分探し」に必死で、色々やったこと。ギター、エクササイズ、海外渡航…不器用なりに必死にもがいたこと。
その全ての大前提に…「帰る家」があった。何があっても、甘えられる場所があった。そして…どんな大失敗も許して受け入れてくれる、優しいおふくろが…母さんがいた。
「早く帰っておいで。」
…そう言ってくれる人はもう、いない。
中学校3年生の時、体育館で電話を借り、おふくろに電話をした事がある。門限の17時を越えそうだった為、連絡を入れたのだ。
「あ、おかーさん?あのね、今日友達と一緒にまだバスケットするから、帰る時間過ぎてもいーい?」
…周りの友人が、私の甘える様な喋り方を聞いて大爆笑した。
中三の時点で、これである。私は間違いなく、甘やかされて育った。自分自身では、まだそこに気付いていなかったのだ。
今思えば…あのタイミングから、親への「反抗」が始まった様な気がする。
そしてその「反抗」は結局…30年近く続いた。
おふくろは、私に歩み寄ろうと必死だった。
私はずーっと、それを跳ねのけて来た。
以前も書いたが、2回倒れ、ICUから電話が掛かって来た時、親父の認知症の酷さを思い知った私は、電話越しに彼女に「辛かっただろう、母さん。よく頑張ったな…。これから一緒に、笑いながら生きて行こう。」と言った。
その時の彼女の電話越しの「ホッ…」という息遣いは、恐らく生涯忘れない。おふくろ…すまなかった。
私から、そしてバカ兄から見放され、頼みの綱の親父の認知症もどんどんひどくなって…彼女の「居場所」は無くなっていった。
最期の3ヶ月…私が改めて、その「居場所」になった。
昔の時と同じトーンで「お母さん」と呼ぶ様になった。
そして彼女もまた、同じトーンで「まぁちゃん」と呼んだ。
何をやるにしても、何を買うにしても…本当は心の中で、あなたに見てもらいたかったんだ。あなたに認められたかったんだ。
そしてその…「大前提」が、崩れた。
…って、感情的になってるヒマなどない。今一緒に住んでいる親父はもはや、昨日の事どころか下手すりゃ数分前の事も思い出せない。
かと言って、私は彼のために人生を棒に振るつもりもない。彼も、そして兄も…私が知る限り、一人で経済的&精神的に支え続けたおふくろに対し、何もして来なかった。
「あんたの好きにしなさい…。好きに生きなさい…。」
…おふくろが死んでからずーーーっと頭に響いている。
心配すんな、おふくろ。
うまい具合に、やってやるさ。
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