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● 第十六章 : 聖母マリア

【あらすじ】

私は幼少期、カトリック幼稚園に通った。もちろん、私の家庭はキリスト教でも何でもない。私の母が経営している飲み屋に近く、送り迎えしやすいというだけの単純な理由で通わされただけだ。毎朝、「聖母マリアさま」を拝まされていた。

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今思えば、あの頃からもう、私の探究の旅は始まっていたのかもしれない。

カトリックが提唱する「聖母マリア」には、何一つ根拠が無い。確かにイエス・キリストを産んだのは彼女とされている。

しかし、聖書のどこを見ても、ここまで崇め奉る要素は描かれていないし、「聖母」なんて表現も出てこない。

その証拠に、イエズスを批判するスミルナ系クリスチャンなどは、マリアを「聖母」などと特別視しない。私も新約聖書を読んだが、その表現はどこにも見当たらなかった。

奴らが提唱する「聖母マリア」とは、一体何なのだろう。その崇拝ぶりは、今思えば不気味さを覚えるほどだ。

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「根拠が無いのに。アホだなぁ」的な感じで終わらせるクリスチャンも多い。実際、Twitter上でも何も考えずにただ否定し、いつも通りイエズス会を悪魔崇拝者呼ばわりして終わり。

残念ながら、そんな彼らよりも聖母マリアを提唱した「奴ら」は何倍も頭が良い。

【1】では、某教会内のマリア像にある描写に着目し、掘り下げながら考察する。【2】にて、「マリア」を明確に定義付けると共に、その他のとある考察も合わせて展開していく。今回は寄り道も多いが、ご了承願いたい。

マリアの正体......線を繋ぐ事で見えてきた「それ」は、私を驚愕させるものだった。

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