タイでのエピソード・その81
ホテルに戻り、空港で買ったSさんへのお土産を持った。
選んだのは「アベラワー16年・ダブルカスクマチュアード」。芳醇な香りがする、とても良いウイスキーである。
Sさんから前もってウイスキーのリクエストがあったのだ。空港で私とカナヤンが選んだ。
Sさんに指定された待ち合わせ場所は、いつも通り彼が経営するラーメン屋。
我々の宿泊先であるグランドビジネス・インから彼の店まで、歩いても10分そこそこ。観光も兼ね、我々はそこまで歩く事にした。
道中、やたらと黒人男性が話しかけてくる。アメリカ人のようだ。
「俺は日本人が好きなんだ!お前らは日本人だろ?俺はアメリカから来たんだ、よろしくな!」
…こんな感じで気さくに話しかけてくる。
もちろん詐欺師どもだが、彼らに構うと最終的にどうなるのかが分からない。最近は新しい手口も増えているのだろうな。
アソーク駅前のスクランブル交差点まで来た。
そして、アソーク駅直結のエクスチェンジ・タワーもここに…
あぁ…胸がぎゅっとなる。今から14年ほど前…初めてタイに来た時…ここの37階でひたすら、日本の通販会社のオペレーターとして電話に出ていた。
ここで全く未来の見えない毎日を、ただただがむしゃらに過ごしていたっけ…。
心の中で改めて、あの時の私に「よく頑張った」と伝えた。本当に、本当によくやったよ。
そして、アソークといえば…何と言っても定番のソイ・カウボーイである。
昼間のソイ・カウボーイは夜と違い、まるで別世界のように閑散としている。ちらほらと屋台が出ており、そこで腹を満たすこともできる。
いくつかの店は昼間もオープンしているようだが、女性たちは何ともやる気なさそう。
この通りを抜け…いよいよSさんのいるラーメン店が顔を見せた。
店内に入ると、数人のタイ人女性スタッフが「イラッシャイマセードウゾー!」と案内してくれた。
スタッフはゴロゴロいるのに、客は誰一人としていない。15時くらいではあったが…何ともまぁ寂しいものである。
奥まで行くと、見慣れた人物が座っていた。
「久しぶりじゃなーい」
ドスが効いた、しかしどこか寂しさを感じる声。Sさんは相変わらず元気そうだった。
白髪が増えたが、全体的に引き締まった印象。良い歳の取り方をしている。昔よりずっと、格好よくなっていた。
私はカナヤンを紹介し、まずは二人で親睦を深めてもらうことにした。経営者同士、話が合うところもあるようで、話はすいすいと盛り上がった。二人ともコミュニケーション能力は抜群だ。
この店で働いているタイ人女性の時給は30THB。日本円にしておよそ120円。なるほど…人件費は相変わらずアホみたいに安いな(笑)。そりゃあ「客がいないのにスタッフはたくさんいる」…ってな状況になるだろうね。
話によれば、当然ながらコロナの影響は大きかったみたい。
「今は普通に大丈夫だよ」的な話をしていたが…恐縮ながら、店の中は正直、がらんどうだ。
彼は相変わらず人の前で弱いところを見せないタイプなので、実際はどうなのかは分からない。
…って、そんな野暮な話は抜きにして…せっかく久しぶりに会ったのだから、楽しまないとね。
私はプレゼントのウイスキーを取り出し、Sさんと共に味と香りを楽しんだ。
「うん!美味しいお酒だね」
そう言いながら、Sさんはストレート。相変わらずお酒強いなーと思って見ていたら…やはりストレートは濃すぎたのか、早々にSさんが酔っ払い始める事態に。
会話はほとんどSさんとカナヤンが行い、私は時折入る程度。
そうしているうち、Sさんが「今日は用事があるから、この辺にしておきましょう」と言い、割と早めにお開きとなった。
カナヤン曰く、Sさんの酔っ払い方は相当だったとのこと。私と和解し、わざわざ会いに来てもらえたことが素直に嬉しかったのだと思う。
まだ薬は飲み続けているらしいが、話を聞くにどうやらバッチリ健康そうなので安心した。
…カナヤンがトイレに行っている間、私はSさんにおふくろの死を報告した。
前もってこの事実は伝えておいたのだが、改めて直接、報告したかったのだ。カナヤンのいる席で、この話題は控えた。
「完全にワクチンでした。」
そう言うと迫力ある彼の顔が急に干しぶどうのように萎れ、「そうか…」と呟いた。まるで、自らの親の死を報告されているかのようだった。彼の目に、とたんに熱いものがじんわりと浮かんだ。
二人きりで飲んだらきっと、この話しかしなかっただろうな。カナヤンを連れて来てよかった。
こんなもんでいいのさ。人はいつか、死ぬからね。
偲んでくれて有難う、Sさん。
「また来ますよ、必ず。」
そう言うとSさんは「ほんとにぃ〜?」と言い、ニヤニヤとした。ああ、いつものSさんだ。
そして肩を抱き合い、互いの存在を確認した。
また会おう、Sさん。それまでお元気で。
外に出ると辺りは薄暗く、ソイ・カウボーイのネオンも蘇りつつあった。
ゴーゴーバーを経験してみたいと言っていたカナヤン、ようやくここで観光スタート!といったところである。
……が!
我々を待ち受けていたものは…とんでもない結末だった。
—その82へ続く—
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