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感染症法とPCR検査のキャパシティ。オーストラリアとスケール可能なモデル

今までCOVID-19 対策に関する投稿、特にPCR検査に関する個人的な見解を述べることはしてこなかったのですが、ずっと気になっていたことがあり、書きます。(本記事はなるべく事実誤認に気をつけながら書いておりますが、個人的な見解でもあり、センシティブな内容でもあるため、時限公開としようと思います。時期が立ちましたら、本記事を非公開にもしくは有料へと移行します。)


日本は、PCR 検査数をなぜ増やせられないのか。

日本では、なぜ検査能力を増やせないのかという議論がありますが、個人的には、現行の感染症法(とその前提となっているアプローチ)と保健所によるシステムがそもそも特定の医療リソースの負担を強いて医療崩壊を起こしやすい脆弱性があるからではないかと推察しています。

現行の感染症法(「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」)で、2月1日より COVID-19は指定感染症になっており、無症状病原体保有者へも2月14日改正より適用されています。

この感染症法によると、PCR検査を行って、もしCOVID-19の陽性になった場合、感染症指定医療機関(の専門医)でしか診療できなくなります。(他の医療機関は診療できない。)

診療とは、診察(つまり回復の判断も含む)と治療のことです。
(つまり、陽性と判明した以降、指定医療機関以外のお医者さんはCOVID-19に関する医療行為はできなくなるように解釈されます。)

指定医療機関の病床数は都内で元々118床しかないことになっていました。

それゆえ、生きるか死ぬかの極めて重大な状況にある人しか受け入れることができず、あとの人は自宅で自己隔離で耐えてください、というオペレーションにせざるをえなかったと想像されます。

その後、同じ病院内の別のベッドや、受け入れ体制の整ったホテル等含めて増床し、4月に2000床、5月5日時点で4800床となりましたが、これはそのまま診療能力の増強を意味しません。当初の118床での規模感に対応したスケールでの医師や看護師の数、他の医療設備等リソースによる診療キャパシティは、対策床数ほどの増加はできていないのだろうと推測されます。

(宿泊施設での受け入れのケースも指定医療機関の医者とのコミュニケーションと医療体制を整えることで初めて、受け入れることができるようになった。)

5月5日時点で、都内の累積陽性患者数は 4712人で、そのうち 2950人が入院中(入院調整中&宿泊療養含む)です。そして、重症者数は93人。元々の指定医療機関の当初治療キャパシティをオーバーせずになんとかぎりぎり保っているという数字なのだと解釈されます。

恐らくは現状もボトルネックとなるファクターは依然存在しており、多かれ少なかれ、診療キャパは十分な拡充が難しいという状態が継続しているのだと思います。陽性として確認された患者が増えると、指定医療機関でしか診療できません。しかし、診療キャパがぎりぎりになっている。想定以上の陽性患者の確認はオペレーションが破綻してしまうために、検査数をとにかく抑えなければいけない、という状況になっているのではないかと思います。

指定医療機関で事に当たるという現行の感染症法におけるアプローチは、
感染症に対処する医療リソースを限定してしまうので、COVID-19 のような爆発的伝播力のある感染症にあわせてスケールできず、対応が難しくなる可能性があるのではないかと思います。

(そもそも指定医療機関以外での診療ができなくなっているのは、明治30年に制定された伝染病予防法から続く枠組みですが、当時においては、セパレートされた医療機関と専門的に訓練された医者とチームであたるということで、これが非常に功を奏してきたのかもしれません。また後述しますが、保健所の疫学調査の追跡能力の高さもあわせて、歴史的にまた世界的に実績を出してきたシステムだという事実もあるのだと思われます。が、現状を見るに伝播力の高い感染症においてスケーラビリティの観点からは足かせになっているのではないかとも考えられます。)

そこで、陽性になっても指定医療機関以外での診療も可能にするような拡張性のあるアプローチへと変えていかないと、PCR検査をそもそも増やせないということなのだと思います。

では、どうするのか、ということなのですが、ベトナム、韓国、ニュージーランド、中国ほどではないですが、シンガポールやマレーシアと同じようにうまく対処できる可能性が見えているオーストラリアを見てみます。

※ 5月4日時点で、オーストラリアは、「陽性患者数比でのPCR検査数(the number of tests per confirmed case)」が、台湾・ニュージーランドに次ぎかつ、韓国より上で、高い水準にあります。日本の約8倍です。「陽性患者数比でのPCR検査数」は、現在のようなCOVID-19の感染拡大が進行した後における感染者数の実態を掴むために重要な指標になります。

結論から言いますと、指定医療機関で事に当たる日本とは異なり、オーストラリアでは、GP(一般医)がCOVID-19 対策の最前線に立つ医療体制を敷いています。

オーストラリアでは、一般開業医(General Practitioner-GP)、専門医(Specialist)、病院(Hospital)、薬局(Chemist)、検査機関の5つの機関に分けられています。

通常医者にかかる際は、GP にかかります。かかりつけ医のような存在です。
GP が専門的な検査や診断が必要と判断すれば、それぞれの専門医(Specialist)や病院(Hospital)に連絡を取り、予約を入れてくれます。オーストラリアでは、緊急の場合をのぞいて予約なしで直接、専門医や病院に行くということはありません。

COVID-19 対策においても、GPがまず人々の相談を受け、診察を行うということは変わっていません。

COVID-19の症状が疑われた場合でも、日本の場合は、保健所に相談して専門医が紹介されるフローということになっていますが、オーストラリア政府の Department of Health のガイドラインでは、かかりつけのGPに連絡することになっています。そして基準を満たせばGPのクリニックでPCR検査を受けることができます。

(もっとも、オーストラリアでも、感染への不安から基準を満たさない人がGPのクリニックでのPCR検査を希望するケースが後をたたず、基準を満たさない人は検査を希望しないようにという要請が出た州もあります。 記事

もちろん感染症の拡大を防止しなければいけないので、電話やビデオカンファレンスでの診察が9月30日までの時限措置として認められていて、(Department of Health のページを見る限りでは)COVID-19の感染が確認されていてもGPによる遠隔診療を受けることができます。GPも処方箋をオンラインで出せますし、薬局も処方箋のデジタルコピーを受け付けれます。

つまり、指定された感染症に対する体制が、
最初から少数の専門リソースで当たる必要がある日本と、
通常の医療体制が専門家と連携するオーストラリアで、異なっていて、
日本の感染症に対する仕組みは本質的に少ないリソースで事にあたるので、自縄自縛になっている可能性があるのではないかと推測されます。

この状況を変えるには、オーストラリアのようにオンライン診療を認めていった上で、現行の感染症法におけるCOVID-19 に関する対処を改正し、一般医療体制と専門医療体制の連携による、よりスケーラブルな感染症防止と診療の仕組みへと変えていく必要があるのではないかと思います。

まったくもってすぐに実現可能なことではないのですが、アフターコロナのNew Normal を考えた際、そのような医療体制と法整備へのシフトということも課題にあがるべきなのかもしれません。

日本では、PCR検査数が抑えられているが、それゆえに潜在的な陽性患者が実は膨大にいるのか、というとそうではない数字が見えています。死亡数は極端に少なく、また、超過死亡も日本は少ない、という指摘があります。

確実な感染者(確定例)の把握という意味でのPCR検査数は限定的なのですが、CT検査体制が充実しているのでそれで肺炎の症状を確認し感染疑いの確度をあげることができること、また追跡・隔離は、日本における伝統的保健所システムの積極的疫学調査を駆使した、クラスターに焦点をあてた追跡によって、感染の可能性がある人の補足数が高く、これらが検査数の不足を補っているのだと思います。

この伝統的手法に加えて、クラスター対策班が以前会見で、ソーシャルメディア(Twitterやインスタグラムだと思われる)のデータを分析し、症状を訴える投稿がどれぐらいあるかによって感染の拡大状況をウォッチしていると言ってましたので、検査数による確定例把握の不足が、イコール 感染の拡大状況をまったく捉えられていない、ということにはなっていないのでもあろうと思います。

元来、衛生観念が高い生活様式を保持し、かつ、手洗い・うがい・マスクの徹底と、同調性の高い国民性による自粛で、感染拡大を草の根とボトムアップ的に抑えつつ、伝統的追跡・隔離能力が高いために、指定医療機関の重症患者に向ける医療リソースのぎりぎり域で持ちこたえているという現状なのだと思います。

日本は伝統的疫学調査に信頼をおいていますが、各国は更なるIT駆使による追跡・把握も開始していますので、日本もこの路線への展開が今後は重要で、クラスター潰しの高度化と大規模化を行うことで、自粛レベルを段階的に下げていく戦略が見えてくるのではないかと個人的には想像します。

(また、COVID-19を感染症法の分類での三類にしなかったのは、無症状病原体保有者への積極的疫学調査の実施のためであるのだとしたら、IT駆使による疫学調査で代替可能になると、無症状陽性者への対応を変更することもできるようになり、あわせて、医療リソースへの圧迫をへらしPCR検査数を増やしていくということもできる可能性があります。しかし、プライバシーの問題はついて周り、慎重な議論と社会的コンセンサスを要することになろうとも思います。)

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