デペッシュ・モードの最新作と繋がる、シンセウェイヴとファッショウェイヴを巡る動き



 先月、デペッシュ・モードがオルタナ右翼(alt-right)のオフィシャル・バンドと称された、なんてニュースを目にした(※1)。“オルタナ右翼”という言葉を生みだしたとされ、白人至上主義者でもあるリチャード・スペンサーがそう言ったという。これに対しデペッシュ・モード側は、オルタナ右翼とは関係なく、活動も支持していないと完全否定した。リチャード・スペンサーは、デペッシュ・モードの「People Are People」は人種的違いについての歌だと主張したそうだが、それは間違っている。確かに違いを取りあげてはいるが、そのうえで “どうして分かりあえないのだろう?” と嘆いた歌だからだ。


 また、デペッシュ・モードは最新アルバム『Spirit』でも、世界の現状に対する失望を表現している。ヴォーカルのデイヴ・ガーンが語るように(※2)、彼らも去年のアメリカ大統領選挙と、それに伴う世界情勢の変化に影響を受けたのだ。先行シングルの「Where's The Revolution」では、文字通り革命はどこへ行った?と歌い、同曲のMVでも批判的なニュアンスでファシズムを題材にしている(※3)。さらに、アルバムのラストを飾る「Fail」では痛烈な批判精神も見られる。


〈私たちの魂は腐敗している 私たちの心はめちゃくちゃにされている 私たちの良心...破綻する/Our souls are corrupt Our minds are messed up Our consciences, bankrupt〉(「Fail」)


 このような作品を発表する彼らに、オルタナ右翼のレッテルを貼るのは見当違いも甚だしい。彼らは、事実が影響力を持たない状況、いわゆるポスト・トゥルース(Post -Truth)の波に抵抗している。



 ところで、冒頭で書いたニュースを知ったとき、一部の音楽ファンは “またか...” と思ったのではないだろうか? というのも、デペッシュ・モードがオルタナ右翼と称された事件は、去年の半ば頃から顕在化したシンセウェイヴ(Synthwave)とファッショウェイヴ(Fashwave)に関する議論を想起させるのだ。この議論が多くの人に知られたキッカケはおそらく、バズフィードに掲載された記事『How Electronic Music Made By Neo-Nazis Soundtracks The Alt-Right(※4)』だろう。この記事は、ファッショウェイヴがシンセウェイヴを引用した音楽であり、アドルフ・ヒトラーの思想をモチーフにしていること、さらにそうした音楽がオルタナ右翼の掲示板で人気だということを説明している。記事は大きな反響を呼び、記事が公開された翌日にガーディアンが取りあげると(※5)、今年1月にはサンプがファッショウェイヴに関する長文の記事を掲載した(※6)。

 筆者がファッショウェイヴのことを知ったのは、去年の3月頃だ。クッキーシーンで編集を務めていた2013年に、いち早く(と筆者は思っている)シンセウェイヴの作品を取りあげたことがキッカケで(※7)、海外のシンセウェイヴ好きとネット上でやり取りするようになったのだが、ある日「とんでもない音楽がある」と教えられた(※8)。それは約30秒ほどの短い曲で、曲名にヒットラーウェイヴ(Hitlerwave)という、ファッショウェイヴの前身にあたるジャンル名があったのだ。これは何事だ? と思い曲を聴いてみると、2010年代前半に盛り上がったヴェイパーウェイヴのオリジネイター、マッキントッシュ・プラスの「リサフランク420 / 現代のコンピュー」に、ヒトラーの声を乗せるという悪趣味なものだった。音質も悪いうえ、音楽的にも何ひとつ魅力は感じなかったが、ほのかに不気味な雰囲気を醸していた。とはいえ、ただの悪ふざけだろうとあまり気にかけなかったのも事実だ。
 しかしそれは間違いだった。なにしろリチャード・スペンサーが、 ファッショウェイヴに向けた好意をあらわにしたのだから(※9)。日本では、シンセウェイヴはマイナーの中のマイナーとして認知されている音楽だと思う。だが、海の向こうではシーンが確立され、ウィキペディアに項目(※10)ができるくらいの興味は集めているのだ。テキサスを拠点に活動するサヴァイヴのメンバーであるマイケルとカイル(※11)みたいに、世界中から注目を集めるアーティストも生まれている。


 シンセウェイヴとファッショウェイヴは明確に異なる。シンセウェイヴの多くは、ノスタルジーを抱くことで生じる “ノスタルジックな情感” だけが目的の音楽であり、そこに昔を懐かしむ懐古主義的姿勢は微塵も見られない。だからこそ、シンセウェイヴは格差や貧困など多くの問題に見舞われる世界(とりわけアメリカ)へ向けたポジティヴなアイロニーとして機能し、より良い世界に対する憧憬と希望も見いだせた。しかしファッショウェイヴには、破壊願望しかない。諦め、怠惰、排斥といった虚しい感情ばかりが目につく。
 そうした側面は音にもハッキリ表れている。シンセウェイヴがディスコ、ファンク、ハウスといったさまざまな音楽を取り込んでいるのに対し、ファッショウェイヴのサウンドは単一的だ。グルーヴに多様性は見られず、ひたすら空虚なシンセ・サウンドを鳴り響かせるばかり。このあたりは、リチャード・スペンサーの白人至上主義者という側面がヒントになるかもしれない。ディスコ、ファンク、ハウスはいずれも、黒人やマイノリティーが中心となって広められ、発展した音楽だからだ。


 デペッシュ・モードがオルタナ右翼と称されたことから、シンセウェイヴとファッショウェイヴを巡る議論まで、本稿は時間を遡る形で話を進めてきた。そのなかで浮き彫りになったのは、ふたつの出来事は決して無関係ではないということだ。このような動きに筆者は危機感を覚えるのだが、“そんなまさか” と思う者もいるだろう。あくまで、ポップ・ミュージックのレッテルに関する話じゃないかと。確かに今のところ、ファッショウェイヴの広がりはそこまで大きくない。しかし忘れてはいけない。その “まさか” が、2016年11月8日のアメリカでは現実になったのだ。




※1 : NMEジャパンの記事『デペッシュ・モード、自身を「オルタナ右翼」と称されたことについて断固として否定』(2017年2月24日)を参照。http://nme-jp.com/news/34251/

※2 : ローリング・ストーンの記事『Depeche Mode's Dave Gahan on Urgent New 'Spirit' LP, David Bowie Influence』(2017年2月2日)を参照。http://www.rollingstone.com/music/features/depeche-modes-dave-gahan-on-urgent-new-lp-bowie-influence-w462560

※3 : MVです。https://www.youtube.com/watch?v=jsCR05oKROA

※4 : 記事のリンクです。https://www.buzzfeed.com/reggieugwu/fashwave?utm_term=.hdz4mdpY29#.waNBaNkOm2

※5 : ガーディアンの記事『'Fashwave': synth music co-opted by the far right』(2016年12月14日)を参照。https://www.theguardian.com/music/musicblog/2016/dec/14/fashwave-synth-music-co-opted-by-the-far-right

※6 : サンプの記事『Trumpwave and Fashwave Are Just the Latest Disturbing Examples of the Far-Right Appropriating Electronic Music』(2017年1月31日)を参照。https://thump.vice.com/en_us/article/trumpwave-fashwave-far-right-appropriation-vaporwave-synthwave

※7 : 取りあげたときのレヴューです。http://cookiescene.jp/2013/08/sellorektla-dreamsavenue-elect.php

※8 : その曲です。オススメしませんが、どうしても聴きたい方はどうぞ。https://www.youtube.com/watch?v=fRY6ovKKxOY

※9 : バズフィードの記事『The Alt-Right Wants To Professionalize』(2016年9月10日)を参照。https://www.buzzfeed.com/rosiegray/the-alt-right-wants-to-professionalize?utm_term=.sqK7lQ4K2x#.eaR6OdnKy0

※10 : ウィキペディアのページです。https://en.wikipedia.org/wiki/Synthwave_(2000s_genre)

※11 : 2人が注目を集めるキッカケになったドラマ『ストレンジャー・シングス』のサントラについては以前書きました。よろしければぜひ。https://note.mu/masayakondo/n/n2d310a43074b

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